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 彼と一緒にいるようになり、驚く事ばかりだ。  まず、距離が近くなった。  物理的な距離はもちろん、精神的な距離も格段に近くなる。ほぼ0(ゼロ)距離。しかし、こちらから近づくと真っ赤になる。近いと言って。  そして、雰囲気ががらっと変わった。  いや、初対面の時もちょっとそんな所が垣間見えていたけれどね・・・なんというか、年端もいかない男の子を相手にしているような・・・まさに無邪気という感じ。清々しいほど相手によって態度が変わるのだ。  それが彼の信頼の証なのだと気付いた時、嬉しさしか無かったのだけれど。  さらに意外な事に、アナログ人間だった。  キーボードを打ち込むのは両手の人差し指。  だからこその僕な訳だ。自慢じゃあないけど、この学園でトップと言うことは、イコール世界でもトップクラスという事。  初めてパソコンの前の彼を見た時、笑ってしまったものだ。  だって、いつもは美しいラインでしゃんと伸びている背筋が、おじいちゃんかよとつっこみたくなる程丸まっていたから。  いや、実際突っ込んだけどね。  そうしたら、もう、可愛いのなんの。  自分でもソコは恥ずかしいと思っていたらしく、真っ赤になりながらそれを隠すように目元の辺りを擦っていた。たまらず抱きしめたら、思い切り頭を叩かれたけれど。  あばたもえくぼじゃないけれど、彼しか見えなくなっていた僕にとって、ギャップは萌え以外の要素なんてなくて・・・そんな彼を近場で見ていたくて、足繁く仕事場に通った。  それまで生きてきた中で、同じ場所にこんなに毎日通った事なんてない。  ちなみに、仕事場と言っても、その頃は彼の実家の一室だった。要は通い妻・・・いや、僕の場合は通い夫か・・・な状態。  自室ではないけれど広いそこは、彼のセンスの良さが現れており、それはそれは居心地の良い空間で、小さな個人経営の事務所なわりに来客は途絶えなかった。  まあ、僕が言うのもなんだけど、彼狙いの不届き者が多かったけどね。  そういうやつらを、ばっさばっさと思い切りぶったぎってやった。  最初は途絶えがちになった来客に首を捻った彼だったけど、すぐに気にしなくなり、その時間で僕からコンピュータとはなんぞやという事を学び始めた。  教え始めて思ったのが、 「天才か?」 だった。  お山の大将だったのは認める。いや、かなりデカいお山でしたけど・・・しかし、それを抜きにしてもそう思わざるを得なかった。  彼は、一を教えるとく十五理解した。そして、あっという間に僕と肩を並べる程になる。  正直焦った。確かに仕事の幅が格段に広がったが、僕はもういらないって言われるんじゃないかと。  そんな心配を始めた頃、ぱったりと俺に教えを請う事はなくなった。しかし、今まで以上に僕に意見を求めるようになった。  ある時、思い切って聞いてみた。すると何を言っているかわからないという顔をされ、事も無げにこう言い放った。 「スペシャリストがいるのに、なんで俺もスペシャリストになんなきゃいけないの? チャックと出来るだけ対等に話がしたかっただけだし」  このデレ発言で、僕が暫く悶え続けたのは言うまでもない。  ああ、そうそう。もう一つ忘れちゃいけない事があった。  彼には年の離れた弟がいる。  7歳差で、母親が違っていて、弟が産まれたのを機に日本を離れたと、彼が言ったのか僕が聞き出したのかはもう覚えていない。  ただ、この頃の僕は”うざい”とだけ思っていた。  学校から帰ってくると、家と直接繋がっている扉・・・僕たちは裏口と呼んでいた・・・そこからずっと覗いているのだ。まさに、地縛霊の如く、そこに、イた。  その視線は、兄である彼に常に注がれていて、日に日に熱を帯びて行くのを感じた。  だから僕は、態とその視線を遮るように立ったり、子供には残酷な光景を見せたり・・・大分大人げないけど・・・毎日の様に嫌がらせをした。しかし、その瞳が終ぞ彼からはずれる事は無かった。  そして現在の場所に事務所を構えたのが、僕が一緒に仕事をするようになってから約二年後の事。事務所が移動してからは、弟くんの姿を見ることはなくなった。  事務所の場所が場所だから、小さい子一人で来るには危なかったし、学年が上がって交友関係もどんどん広がり、実の兄だけにかかずらっている時間も自然と減っていった様だ。  僕らの仕事も順調に業績を伸ばし、忙しくなっていった。それに連れ、僕の中から弟くんの存在も徐々に薄れていくのは当然の流れというもの。  だから、大学生になった弟くんが事務所に来た時は、えらく若いお客さんが来たもんだと思った。  あれは、昼時だった。  事務所のドアが軽快な鈴音を鳴らし来訪を告げた。僕はそちらへ足を運び、きょろきょろと所在なげに受付を見回している人物に声をかけた。 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」 「あ、えっと・・・」  ぱりっとした仕立ての良いスーツを着ていて、見た目もがっしりとして貫禄はあるものの、その言動からまだ相当若いと直感で感じる。なによりも、相当なイケメン。 (にしても、かっこいいな、おい)  ここ数日、彼が出張で一人でいたせいか、また悪い癖が首を擡げる。  うん、彼より身長は少し低いかな。  思わずにやけそうになるのをぐっと堪え、 「ま、ここじゃなんですから、中へどうぞ」 と受付の奥に通す。  促されるがままにソファに座った来訪者に紅茶を出すと、その向かいに腰を下ろす。 「で、どのようなご用件でしょう?」  じっと紅茶を見つめていた瞳が持ち上がり、ばちりと音がするのではないかと思うほど目が合った。そのどこか熱の籠もった瞳に心の中で首を捻る。 (あれ? なんかやらかしたか、俺?) 「生憎、代表は出張中でして・・・明日には戻ってくる筈なんですが・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」  反応が無い。  しかし、こちらを見つめる瞳は依然変化なし。いや、先程よりも熱が籠もっているように見える。  沈黙に耐えかねて再び口を開こうとすると、 「俺の事、わからない?」 と、今度は向こうから問いかけられた。  記憶を探るが、今までこんなにいい男に会った事はあっただろうか。  いや、ない。  さすがにこのレベルの男だったら、一夜限りだったとしても絶対に覚えている。 「えっと・・・どこかでお会いしましたっけ?」 「そっか、俺の事わかんないか」  挙げ句の上、楽しそうに満面の笑みで笑われた。 (なんなんだ、一体・・・)  顔に苦々しい思いが出ていたのかもしれない。相手は笑いを引っ込めて自分の顔を指さし、こう言った。 「俺、アレクサンダー。ルイスの弟」  途端に、ぽんと頭の中に毎日の様に裏口から覗いていた姿が浮かぶ。  しかし、その時と全く違う印象とサイズ感に、気付くと変な声を出していた。 「マジっ!? あの、アレクっ!?」 「そうだよ。久しぶりチャーリーさん」 「うわー。でかくなったな、お前・・・」  アレクの横に移動する。  十歳位までの記憶しかないから、記憶の中のアレクと一致するところは少ない。  しかし、一見硬そうでも実は柔らかい赤毛と赤みがかった瞳に、人懐っこい笑顔は変わっていない。まあ、笑顔は自分のせいでほとんど向けられることは無かったんだけどね。  気付くとソファに片足を乗せて立ち膝の状態になり、アレクの髪や顎のライン、がっしりとした肩などを触っていた。  そして、何となくそんな気分になっている自分に気付く。  十歳は下の、しかも彼の弟に対して抱く感情ではない。  しかし、止められない。  ふと、アレクの目と合うと、俺と同じ様な表情をしていた。手を止めてじっと見つめる。何を考えているのか探るように。 「・・・俺さ、チャーリーさんの事、すっごい怖い人だと思ってた」 「は?」 「だってさ、俺にちょくちょく嫌がらせしてたでしょ?」 「あら、わかってた?」 「わかんないわけない。バカにしてる?」 「いんや。お子さまには難しかったかなって」 「子供心ながら、大人げない仕打ちを受けているなと思っていました」 「なんだそれ」  思わず吹き出すと、肩に乗せていた両手が捕らえられる。  はて、と捕らえられた両手を見てアレクに視線を戻すと、そこには発情した男の顔があった。その、荒削りながらも野性味溢れる表情に、ドキリとする。 「今は、綺麗だなって思う・・・兄貴の次だけど」 「なに、口説いてんの?」 「お互い、一番欲しいのは兄貴。だよね?」 「まあね」 「そして、目の前に居るのは、お互い好きなタイプ。でしょ?」  方頬を上げて同意を示すと、にやりと同じように笑った。 (あーあ、わっるい笑顔だこと) 「だからさ・・・鈍感なルイスに恋い焦がれる二人で、慰め合わない?」 「・・・お前、本当にあのアレク?」 「そうだよ」 「大分拗ねらせちゃった感じ?」 「んー、ちょっと違うかな」  俺の両手を離した手が、腰を抱き込んでくる。  ぐっと近づいた距離に、再び心臓が跳ねる。 「沢山の人を愛する事を知っただけ」 「なんだそりゃ」 「誰でも良いって訳じゃないよ?」 「そりゃそうだろ」 「で、どお?」  するりと尻を撫でられる。 「若いね、アレク君」 「あんたよりは間違いなく若いよ?」 「ふふっ。確かに」  触れ合う唇。  随分とご無沙汰な感触に、俺の鼻から甘ったるい音が出た。  それに気を良くしたのか、どんどんと深くなるキス。  暫くして唇が離れると、視線を交じわせる。互いの唾液で濡れた自分の唇を俺に見せつけるように、右手の人差し指で殊更ゆっくりとなぞる姿が何ともセクシーだ。 (おいおい、これでまだ二十歳かそこらかよ)  どうやら、この兄弟に流れている血には、エロスが多分に含まれているらしい。  視線が合うだけで、彼らの持つ媚薬にも似た人を引きつけるフェロモンに絡み取られる。気付いた時にはすでに遅い。蜘蛛の糸よろしく、ぐるぐる巻きにされて、ただただ食べられるのを待つだけ。 (俺も捕らえられた虫の一匹、か)  だけど、俺はただでは食われてやらない。俺だって捕食者をしていたのだから。  じっと上目遣いで見つめていると、アレクは俺の顎を捕らえ軽く仰け反らせる。 「あのさ、チャーリーさん」 「ん?」 「ザンって呼んでくんない?」 「アレクじゃ駄目なの?」 「駄目だね」 「なんで?」 「イヤだから」 「だからなんで」 「・・・言いたくない」  途端に年相応の・・・いや、もっと幼い男の子の様に唇を尖らせた姿に、不覚にもきゅんとしてしまう。  じっと見つめていると、表情はそのままに鼻先にキスをしてきた。続いて、頬、瞼、額と啄むようにキスをどんどんと落とす。 「ふふっ、わかったって」 「よろしく」 「俺はチャックでいいから」 「わかった、チャックさん」 「さんもいらない」 「チャック」 「ん」 「チャック」  低めの渋い声を耳から流し込まれ、ぞくりと腰が震える。 (今日は鳴かされたいかも・・・) 「いいよ。おいで」 「ここで大丈夫?」 「ちゃんと介護してくれんだろ?」 「兄貴に見つかったらどうしよ」  くすくすと可笑しそうに笑い軽口をたたきながらも、服を脱がせあう。  旧知の間の様に・・・いや、実際そうなのだけれど・・・ぽんぽんと投げ合う言葉が楽しい。いつしかその言葉は意味のない音になり、互いの気持ちよさを伝えあうだけのツールになった。
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