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3.
そして、ルイスの弟のアレクサンダーと、所謂”セフレ”になった。
しかしザンは、付き合っているのだと言い張る。真面目な顔をして何度も何度もそう主張するので、今は特に訂正する気はなくなった。
正直驚いているのは僕だ。
身体の相性が良かったのだろう。すんごい気持ちよかったのだ。人生で初めて、二度目の逢瀬を自ら求めてしまう程に。
それからなんだかんだと2年程この関係を続け、未だに飽きる様子も無い自分自身に驚きを隠せない。最近は、ルイスよりも5センチ程小さい、筋肉質でマッチョ気味のザンを喘がせるのが楽しくて仕方がない。
僕が下の時は男らしく野性味があってかっこいいのに、彼が下になるとそのゴツさから考えられないほど可愛らしくなるのだ。
彼の中にはスイッチがあって、その時々でぱちんぱちんと切り替えられる。その切り替えが毎回振り切っているのが原因だろうけど。
本人に言ったら怒るけど、大型犬が甘えてくるのに似ているかもしれない。
それと、弟としての気質・・・とでもいうのだろうか・・・そんなものが相俟って、十歳違う僕から見たら可愛く感じるのかもしれない。
家で家族に包まれたザンが、どんな雰囲気を纏っているのか見てみたい。
そんなことを考える位には、僕もザンに夢中になっている。その事は認めよう。
いや、僕はそんな事が言いたいわけじゃない。言いたくない訳でもないけど、言いたくもなるでしょうよ。この状況ならさ。
「ルー、ここ教えて」
「ん? どこ」
「ここ」
入社テストを終えて一ヶ月。僕とお付き合いを始めてから2年が経ったある日。
実際の仕事案件を利用して、少しずつ簡単な所から教え始めている。
ルイスもすこぶる頭が良いが、そこは兄弟。ザンも申し分ない秀才だ。ただ、タイプは違う。
ルイスは理詰めで結論を出すタイプで、ザンは直感で結論を出すタイプ。
しかし、どちらも普通の人の何倍も早いスピードで頭が回転していて、答えを知っていたのではないかと思うほど瞬時に答えを出す。そして、その影響か、理解が早い。
話が逸れた。
今週の教育当番はルイスなので、ザンはその隣の席に座っている。なぜ二人だけの会社に席がそれ以上にあるかと言うと、クライアントに合わせて対応方法を変えるからだ。
基本的にはそれぞれで事案を処理するのだけれど、二人で対応する場合は、隣り合わせに座っていた方が効率が良いこともある。その時の為に、並んで座れるよう僕が申し出て、僕がデザインした。
そう、僕が、デザインしたんだよ。仕事という口実で近くに居られるから。
こいつが来る前には成功していたこの作戦は、最近失敗続きだ。
「・・・・・・」
頬杖を付いて向かいに座る二人を見つめる。
(近い・・・)
肩をぴったりと寄せ合い、顔と顔の距離なんて十センチも無い。
普通の兄弟なら、僕だってこんな事思わない。普通の兄弟ならね。ザンが純粋に兄としてルイスを慕っていたなら。
「あ、なるほどっ!」
ザンがぽんと手を打ち付け、止まっていた作業を再開する。
そんな姿にふっと笑いかけたルイスは、すっかり手を止めてしまった僕に少しだけ咎めるような視線を寄越した。僕はふてくされたような表情でそれを受け止める。
そんないつもとちょっと違う態度の僕に、はてとでも言うように小首を傾げるルイス。
(可愛いかよ)
さらにむすっとする僕。
ルイスは頬杖を付くと、さらにじっと見つめてきた。
やめて、その曇りの無い瞳でみつめてくんの。
「降参」
耐えきれなくなった僕は、諸手を挙げて行動でも示した。そんな僕に、ルイスはふっと相貌を崩すと、「休憩しよ」と告げ席を立つ。
少しして戻って来たその手にはトレーが乗っており、ちょっと遅れて、コーヒーの芳ばしい香りが漂う。
「はい、チャック。ザンも手休めてこっちおいで」
コトリと音を立てて湯気の上がるカップが目の前に置かれた。そして、その程近くに更に二つのカップ。真ん中に高そうなお菓子が入った箱を置くと、近くの椅子を引き寄せ腰を下ろす。ザンはその隣にからからと椅子を転がして近寄ってきた。その距離がまたもや近かったが、僕の近くにルイスがそれと同じ位の距離でいるので、良しとする。
大の男三人が、広い机の角にこじんまりと集まり頭を突き合わせる。
傍から見たらちょっとむさ苦しいかもしれない絵面だが、間に挟まれたルイスはそんな事お構いなしにきらきらとした瞳を高級菓子に向けていた。
その横顔を見ていると、その反対側から同じように彼を見つめているザンと目が合う。睦言を言う時とは違う、敵を射抜くような瞳に瞬時に変わる。
(か~っこいい)
野生の獣の様なそれに、心を揺さぶられないと言ったら嘘になるけれど、恋人である前に俺達はルイスを狙うライバル同志なわけで・・・俺も挑発する様に見返す。
「これにしよっと・・・」
呟かれたその声に再びルイスに視線を戻すと、気持ち猫背になった彼が、うきうきした様子で丁寧に包装を破いていた。
選んだのはマドレーヌ。
しっとりとしたそれにそっと歯を立て、ゆっくりと咀嚼する。そのあまりにもうっとりとした顔が、情事の表情を想像させた。
溢れた唾を思わずごくりと飲み込むと、勘違いした彼が左手で箱を持ち俺に向ける。
「どれがいい?」
「・・・・・・」
「ん?」
「いんや。じゃあ、これ貰うわ」
「ザンは?」
俺が取ったのを確認してくるりと椅子を回転させると、右手に持っていたマドレーヌにザンが噛り付いた。
「あーっ!」
「うまっ」
「なにすんだよっ!」
「いいじゃん。まだあるんだし」
「だったら、こっち食えよっ」
「俺の分はルーにあげる」
「は?」
「だから、ルーが食べてるの一口ずつ頂戴」
ぽかんとルイスがザンを見つめる。それをザンは嬉しそうな顔をして見つめ返す。
先手を取られた事に腹が立ったので、包装を雑に空け半分に千切ったお菓子をザンの口に突っ込んだ。
「俺と半分こしようぜ、アレキサンダー君!」
「んんっ!?」
「美味しいかい?」
ルイスの様に小首を傾げてやると、ちょっと顔を赤くする。
(ちょろい)
そう、心の中でほくそ笑んでいると、もぐもぐと咀嚼しながら俺達を見ていたルイスが、またこてんと首を倒した。
「遠慮しなくていいんだよ?」
「ルーこそ俺達に遠慮しないで食べてよ」
「え? でも・・・」
と言いつつもお菓子に視線を向け、コクリと喉を鳴らす。喉ぼとけが上下に動くのがエロい。
「ルーが旨そうに食べてる所が見たい」
「お前、いっつもそう言うな」
「家でも?」
「そ。なのに俺の食ってるもの、横から少しずつかっさらうの」
「ほー」
「食べたいんならやるって言ってるのに、こう、食べようとしてる所を横から、すっと」
お兄ちゃんの顔をしたルイスは、冷め始めたコーヒーに口を付けた。
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