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 狩りは王族や貴族に好まれる高尚なスポーツだ。獲物を仕留める弓の腕前を始めとして、乗馬にすぐれていること、森と一体となる集中力や観察眼、実に様々な技術が要求される。  そしてなにより、それは生命のやりとりであるから、人の勇気が試されてこよう。その人がやさしくあればあるほど、罪のない無垢な禽獣を殺すという覚悟は重くのしかかってくる。また、殺される側とて必死だから、逃げるばかりでなく、時に驚異的な反撃を仕掛けてくることもある。 「こういうの、油断大敵っていうんでしょう? ああ、このすごく緊張する感じ、きっと戦場の空気と似ているんだろうなぁ」 「マヌー! そう思うなら静かにしていろ。狩りにしろ戦にしろ、策を敵に気取られたら終わりだぞ」  深緑の茂みに身を隠しながら、若い青年が美しい川辺を見据えている。浅い水面に脚をつけ、餌の小魚を探し歩く青い鳥は、幸いまだこちらに気づかぬようだ。  青年のヘーゼル色の目が光ったとき、鳥が突然激しく鳴いて身をよじらせた。大きな翼をひろげ飛び立とうとするが、もがけばもがくほど、細い脚に絡みついた罠はきつく締まっていく。 「よし、マヌー行け」  茂みから勢いよく飛び出したのは、まだ十五、六歳と見える背の低い少女だった。暴れる鳥は翼をひろげれば少女の身長を超えるほどに大きいが、恐れることもなく飛びついて抑えこむ。ばきばきばきという音がして、鳥は永久に動かなくなった。  「ああ」という嘆息とともに、青年も茂みから姿を表した。大きなヘーゼルの瞳、柔らかそうな赤毛、やさしく幼げな顔立ちは、鳥を仕留めた少女と瓜二つだ。衣服にくっついた草や土を払いつつ、呆れたような表情で歩み寄ってくる。 「気の毒に。そんなに細かく全身の骨をへし折ることもなかったじゃないか」 「だ、だってお兄ちゃん。えいって抱きついたら、なんか簡単に折れちゃったんだよ」 「それはマヌーが毎日ケーキばかり食べているからだよ。少しダイエットでもしたら?」 「そんなに重くないもん!」  鳥の首を握りしめたまま抗議するマヌーを手招きして、青年は億劫そうに川岸の石に腰かけた。ハンカチを取り出し、びしょ濡れになった妹の髪や体を拭いてやっていると、少し離れたところから彼を呼ばわる声がした。 「ミカリー! どうやらおまえも手柄を上げたようだな。主に妹御のおかげであろうが」 「一言余計ですよ、ブリッツ殿」  赤毛のミカリー、マヌーはそろって近くの崖を見上げた。四、五メートルほどの上方に、馬を立てたひとりの男がいる。 「ちょうどよい、そろそろ合流の時間だろう。ふたりともこちらへ上がってこい」  細身のミカリーよりずっとすぐれた体格の男は、人にものを命じ慣れている態度で指示してきた。  ミカリーは崖を下から上まで眺め、いやそうに顔を歪めたが、マヌーは素直に従った。突き出した木の根や石をしっかりと掴み、足場にし、あっという間に頂上まで登ってしまう。しかも獲物を脇に抱えたまま、ほとんど片手で自分の体重を持ち上げたのだ。 「ふむ、やはりマヌーはよく動けるな」 「えへへ、そうですよねブリッツ様。こんなこと、太っちょにはとてもできないですよね?」 「なんのことか知らんが、すこやかな妹と貧弱な兄、どちらが哀れかは自明の理だな」 「そこの筋肉二人組、気が済んだなら早くわたしを引き上げてくださいよ!」  ようやく兄妹が崖の上にそろうと、ブリッツは自分の乗馬とは別に連れていた二頭の馬を引き渡した。ミカリーとマヌーがそれぞれ乗ってきた馬だが、隠れて獲物を待つのに邪魔であったので、ブリッツに預けておいたのだ。 「マヌーが来たなら安心だ。おれの獲物をどう運んだものかと、少々難儀していたのでな」  笑うブリッツに導かれるまま森に入ると、彼がひとりで仕留めたという禽獣たちが横たわっていた。雉が五羽、兎が四羽、猪が二頭、それに立派な角を持つ牡鹿が一頭。感嘆の声をあげるマヌーとは対照的に、ミカリーは渋面を見せた。 「あなたの武勇は知っています。ですがそれを誇るかのように、こんなに殺さなくともよいでしょう」 「いや、獲りすぎということはない。おまえたちと違い、おれは数年前までもっぱら狩りをして暮らしていたのだから、間違いはせん」  青と金を主とする派手な服を嫌味なく着こなし、腕組みして立つブリッツは堂々として尊大だが、十ほど年少のミカリーにもの申されても気を悪くした風はない。それを承知しながら横に並び、ミカリーはさりげなくその表情をうかがった。  ブリッツはライベルクの出身ではない。元は騎馬民族ハイナの族長という人物だった。  服装も容姿も、ライベルク人とはやはり趣が異なる。髪は青みがかった黒だが、肌はいくら日に当たっても雪のように白いままで、整った顔立ちも相まってその対比が美しい。  ミカリーはひそかに注視した。ブリッツの鋭くあざやかな青い瞳に、失われた故郷の景色が映っているのではないかと疑ったのだ。しかし、実際に彼が見ているのは動かぬ動物たちだけだった。 「べつに今日すべて平らげる必要もないぞミカリー。干し肉にすれば糧食にもなる。皮や角も欲しかった。これでも必要な分をしかと鑑みて、最低限の狩りをしている」  マヌーはせっせと作業を進めている。軽いものは三頭の馬の鞍に分担してくくりつけ、猪は自分の馬に乗せ、そして鹿はまるごとみずから背負った。自分よりも重いものを担ぎながら鼻歌まじりにてくてく歩く少女を、ミカリーは複雑そうに、ブリッツはおもしろそうに眺めている。 「そもそもライベルク王国にはなりゆきで流れ着いたようなもので、当初はなんの愛着もなかった土地だが、こういう楽しい情景もある。ゼキについてきて正解だったな」  そんな思いを口には出さぬまま、ブリッツは軽やかに馬へ飛び乗った。 「さて、ライベルク王家に仕える兄妹よ。おまえたちの大切な君主のもとへ戻るとしよう」 「なにを他人事のように。あなたとて今や王家の禄を食むお方です」  若き軍師ミカリーは念を押すように言うと、自分も馬に乗り、奔放な将軍を追うべく手綱をつかんだ。
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