宝くじ3億円当てる

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宝くじ3億円当てる

「今日、午前10時頃 神奈川県○○市の○○銀行○支店で包丁をもった男が来店しました。男は現金を要求し、総額100万円を奪い逃走しました。依然、犯人は逃走中で警察は行方を追っています。」 ラーメン屋の店内で垂れ流ししているテレビを青年は食事を済ませ、黙然と見ていた。 「ここ最近、物騒やなあ、兄ちゃんも気をつけなよ」と、ラーメン屋の店主はおしぼりを青年に渡した。 「あ、ありがとうございます、一週間ぶりに食べましたけど大将のラーメンやっぱ最高でした」 青年はそのおしぼりで口を吹き、派手な黄色の財布からお金を出してお会計を済ませた。 帰ろうとした矢先、大将が青年を呼び止めた。 「そうえば今日、年末ジャ○ボ当選の発表だったよな。今年は俺な気合入っててよ、去年の倍お金出しとんよ。兄ちゃんみたいに軽く5万くらい当ててみたいしな。夢見たいぜ」 お会計の時に渡した一万円を強く手に握りしめ、意気込みを見せる大将に対して、青年は表情を変えることなく冷静に、一言で自分の想いを語った。 「3億、おれは今回当てます」 昼食を済ませ、ホテルに戻った青年は部屋のユニットバスでシャワーを浴びた。朝に一度シャワーを浴びた青年だったが、今日という大事な日に少しでも汗や匂いに包まれた状態でいるわけにはいかないということもあり、身も心も清める意味も込めて入念に身体を洗った。そして、身支度を整え、髪型を整髪料で整えスーツに着替えた。 「トイレよし、風呂よし、部屋掃除オッケー」 部屋の掃除は常日頃ホテルマンが行なっていることは知っていたがそれでもくまなく確認し、この部屋に初めて入った時以上に綺麗にする青年の目には確かな目的があった。 その視線が向く先にあるベットの上のこの部屋とは相容れない無秩序に置かれた一つのダンボール。その中に入ってるものはネット注文した数万円の家電じゃない。そこには隙間なく彼の人生が詰まっているのだ。 そのダンボールを丁寧に抱えて、青年は部屋を後にした。 「今年は年末ジャ○ボ3億円」、「大口当選続出」「ここから億万長者が誕生してます!」キャッチーな見出しの旗、熱烈に通行人を呼び込むご年配の男女。それにつられ、やってくる一獲千金を夢見る人々。ここは都内でも一際賑わいを見せる宝くじ売り場だ。青年にとってここは全国のどの宝くじ売り場よりもホームだ。年に四、五回訪れるこの場所はまさに、自分のために設立されたといっても過言ではない。 「あら、田中くん、久しぶり。たいそうな恰好して」 青年に気づき、気さくに声をかけた老夫婦の二人は、彼が持っているダンボールをみて言葉を失った。 「二人とも、おれはふざけてないですからね。宝くじを当てることは夢を叶えることなんですから。」 「…それいくら分なんだ?」 料金を聞いて、顔をあおざめた老夫婦は一息、間を開けた後、青年の平静としている姿を見た。 「後悔はありません。これはぼくの人生ですから」 そう言って青年は売り場に向かった。 「あんた、私らはここであの子を止めるべきだったんかな」 「…二年前、ふと田中くんがこの売り場に来た、あの瞬間から、この売り場は活気しはじめた」 「いつも躊躇なく私たちに高額当選したことを教えてくれたり、あのこ、お金自体に欲はないのかもしれないのね」 「だから、彼には打ち出の小づちが与えられるのかもな。毎度五万以上は明らかに次元が違う」 「それでも田中くんが良く言う座右の銘にしたって、誠実な子だわよきっと」 「〖人事を尽くして天命を待つ〙か、相当今回も入念に準備してきたんだろう。誰の言葉にも耳を貸さないし、ましてや舞台に上がらないわしらには止める資格もない」 「見届けるしかないのね…」 ダンボールの重さに反し彼の足取りはとても軽く、負のオーラは一切感じない青年の後ろ姿を老夫婦は怪訝そうにそれでも孫を見守るような想いで見ていた。 田中かいじ 25歳。 彼の目的は一つ。用意した「100万円」の資金で年末ジャ○ボの一等当選金「3億円」を当てること。  しかし、青年は誠実ではない。 「あ、田中君、来たね」 売り場の販売員の女性は手元で宝くじの券を整理しながら挨拶をかわした。青年はおびただしい行列にしびれをきたすことなく、重量感のある段ボールを下に置かずに持ち続けていたこともあり、少し顔に疲れが出ていたが、自分の番が来たと同時に気合と表情を引き締めなおした。 そして段ボールを売り場の台に勢いよく乗せ、その中に入っている宝くじ券の一部を見せてこういった 「当選のチェックをお願いします。お手数ですが換金もここでお願いします」 常連で顔見知りであるはずなのに、妙にかしこまっていると、販売員の女性は不思議に感じたが段ボールにぎっしりと詰まった宝くじの券であったあり彼の真剣な表情から、覚悟の現れなんだという事を心の中で悟った。 「これだけの枚数だと少し時間かかるわよ、じゃあ、いつもどうり、モニタの画面上見ててね」 販売員の女性は機械で宝くじを確認しはじめた。当選結果は彼女の隣に設置されているモニタに表示されていく。一度にすべての結果が表示されるのではなく、矢継ぎ早に当選結果が加算していくシステムである。青年は窓越しにモニタを強いまなざしで見ていた。その周りには宝くじを換金しにきた他の人達が列を乱し、彼を見世物にするかのように囲っていた。当選枚数が増えてい行くたびに、盛り上がる周りの人には目もくれず、青年は当選枚数の下に表示される「高額当選枚数」を凝視していた。 そして、その瞬間は訪れる。高額当選枚数に「1枚」と数字が映し出された・ 「しゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」 これまで感情をあまり表にださなかった青年の異常な叫び声。その喜びに満ちた発声と表情に周りの人々も歓声と拍手を送った。 三億円が当たったんだ。 数時間後、青年は○○銀行を訪れた。高額当選の場合は銀行でしかお金をもらえないという事であったが全くもって面倒なことではなかった。一獲千金が目の前まで近づいているのだから。 青年は迷いのない足取りで入り口に近づいたところで、突然足をとめ、踏みとどまった。そして、○○銀行とかかれた看板をすうっと見上げた。 「まさか、またこの銀行に来ることになるとはなあ、皮肉なもんだ」 銀行帰り、近くの公園に立ち寄りベンチに座っていた青年は遊具で遊んでいる小学生を遠い目で見て、懐かしい気持ちに酔いしれながら小学生の頃の自分を思い出していた。すると、遊んでいた子供たちが近くに寄ってて話しかけてきた。 「お兄さん、何してるの?それなに?」 ひとりの小学生が指を差したのは、青年が右手で握りしめているアタッシュケース。 「ん、これはな、おれの夢が詰まっているんだよ」 「ユメ?なにそれ」 小学生は不思議そうに聞いた。 「叶えたいことさ、みんなにもあるだろ、サッカー選手、野球選手」 「ぼく、サッカー選手!!」「オレ野球選手!!!」 小学生たちはつぶらな瞳で、青年を見る。 「お兄さんもな、大きな夢があったんだよ、それが今日叶ったんだ」 「何をかなえたの?」 「…」 青年はなぜか、言葉がつまった。自分は宝くじで金持ちになることが生涯の目標だと考えていた。そして、三億円を当てたあの瞬間、確かに人生最大の喜びを彼は肌で感じていた。しかし、銀行で、それをまのあたりしたときにはそれまであった喜びは半減していて逆にこれまで自分がしてしまった非人道的なこととに罪悪感に襲われ始めていたのだ。 そして、彼はなぜ自分が公園に立ち寄ったのかそこで理解した。 「だれか、十円ガムもってない?」 とっさに青年は小学生たちに尋ねた。途端のことで、小学生はびっくりしていたので、返事が返ってくるまえに、その場を後にしてコンビ二に向かって彼は走りだした。その右手には銀行を出てから握りしめていたアタッシュケースではなく、ポケットから出した十円の小銭を強く握りしめていた。 コンビニから出てきた青年はぜえぜえと息をはきながら、十円ガムの小包を開ける。そこにはガムと一緒に「当たり」とかかれた一枚の小さい紙が入っていた。 当たりの紙を手に取ると、ほっとしたかのように青年はきつくしめていたネクタイをゆっくりと緩めた。 「そういうことか……おれの夢は小学生の頃に叶ってたんだ」 十円ガムで初めて当たりを出したあのころと、今日三億円を当てた喜びは全くもって同じだったことを田中かいじは知った。 これまでやってきたことに対し、拍子抜けしてしまう気持ちもあったが彼の表情は自然と心地よさと安心感に包まれていた。 一時間後 ラーメン屋の店内で垂れ流ししているテレビを店主は息を呑みながら見ていた。 「速報です。先日に起きた神奈川県○○市の○○銀行○支店で起きた強盗事件で、その容疑者と名乗る男が神奈川県警に自首をしにきました。現金100万円を強奪したことを自供し男はその場で逮捕されました。捜査関係者によりますと容疑者は「目的がありお金が必要だった」と供述しているとのことです。」 田中かいじ 25歳。 彼の目的は一つ。用意した「100万円」の資金で年末ジャ○ボの一等当選金「3億円」を当てること。 しかし、青年は誠実ではないが、誠実であった。 夢に向かっていたのだから
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