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「けいちゃん…」
俺の動揺を肌で感じたのか、千帆は不安げに俺を見上げた。
「あ、ごめん、すっかり忘れてた」
「い、忙しかったもんね、けいちゃん」
なんとなく白白とした空気が流れる。結婚指輪忘れてたなんて、一生の不覚。
「今度のお休みに見に行くか」
「うん…あのね、お金とか時間とか厳しかったら」
そう言いながら、千帆は右手で左手を弄ぶ。こそこそ何してんのかと思えば、自分の左手の薬指の指輪を抜き差ししてた。
「あたしのマリッジリングは、これでいいよ。けいちゃんがくれたものだし」
千帆が抜き差ししてるのは、俺が一昨年のクリスマスにあげたエンゲージリング。
ちっちゃなダイヤが載っかったそれは、やっぱり普段使いするのには不向きで、千帆も出かけるときにしかしてない。
「けいちゃんのだけ、おんなじブランドで似たようなデザインで揃えたら…それっぽくならないかな」
千帆の気遣いはわかる、わかるけど…でも、そこは妥協したくないって言うか、違くない?
ふたりで同じ気持で、お揃いの指輪交換するからこそ、意味があるんじゃないの?
「いーよっ!」
気持ちや経済面での余裕の無さを表面に出すつもりはなかったのに、自分で思った以上に声が尖った。
ビクッと千帆の肩が揺れた。
「あ、ご、ごめん、けいちゃん…、お金のこととか、あたしよくわかってないのに」
千帆が怯えた顔で俺に謝る。
結婚式なんてひとりでするものじゃないのに。ついついひとりで抱え込んで、千帆の手を借りようとしないのは、俺の悪いクセ――。
逆だった心を落ち着けようと、大きく息を吐き出して、千帆の髪をくしゃっと撫でた。
「…ごめん。指輪のことは何とかするから」
「うん」と頷いたものの、千帆の表情は強張ったままだった。
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