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第三章 君を想えば
J.F.ケネディ空港のロビーでルカを陰から見送ったあと、タカシはしばらくその場を離れることが出来なかった。ピアノはあきらめない。そんな風にルカに誓ったものの、ルカという自分のなかの「情熱」を失ってしまった今、夢を持続させる力まで失ってしまったことを、彼はイヤというほど思い知らされていたのだった。
「のォ…お若いの、こんなところで誰か見送りかのォ…」
ぼんやりと立ち続けるタカシの後ろから、ふいに老紳士が声をかけてきた。
「…いや、あいすまん。ついな、こんなところで元気のない日本人の若いのを見たら、声を掛けたくなってしまった。ワシの悪い癖でなァ…」
銀髪の老紳士は奇妙なことに黒服のボディガードのような付き添いを数人連れていた。普通の一般人ではなさそうだ。
「………大切な“友人”を、たった今、失ったところですよ」
見知らぬ紳士だからこそ、自分の胸の内を自然に吐露することが出来るのかもしれない。タカシは素直に答えていた。
「……そうか。だが、相手は生きておるんだろう?ユーレイは飛行機には乗らんからのォ…」
「…………。」
「生きておれば必ず会える。ところでお前さんは、NYで何をしておるんだ?」
「……ジャズピアノを勉強しに来ていました。でも、そろそろ日本に帰ろうかと思って。アパートも引き払ってしまったし、今じゃしがない無宿者です」
「…そうか、ならば今晩、ウォルドルフ・アストリアホテルに来んか?ひとつ、お前さんをテストしてやろう」
豪快な物言いをするこの紳士に、タカシは不思議と抵抗を感じなかった。ルカがこの場にいない以上、自分の身の振り方は自由だ。
「オレを…テスト…?ですか?」
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