見送り

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 ハワドウレ皇国の皇都は、皇王一族や貴族、上流階級の人々や、軍、国政、研究などに携わる人々などが住む、城壁に囲まれた街ハーメンリンナを中心に、扇型に海へ向かって広がる地域一体全てである。それを総称してイララクスと言う。  あまりにも広大すぎ、含まれる街は多数。最近は一部の街の復興やインフラ整備が急ピッチで行われている真っ最中だ。  皇都イララクスの大陸鉄道駅はウルホ街にある。エグザイル・システムのあるクーシネン街に隣接していて、利用客も多い。  ウルホ街には宿泊施設も多数あり、駅馬車の始発もウルホ街だ。 「結婚式やパーティー、ありがとうございました」 「思い出に残る最高に嬉しいお祝いでした」  ハドリーとファニーは揃って頭を下げる。 「宿改築するんだっけ?」  ルーファスが問うと、ハドリーがにっこり頷いた。 「披露宴でいただいたご祝儀が、物凄い額で。相当古い宿なんで、思い切って新築しようと思ってるんですよ」 「増設したり設備を増やしても、まだお釣りが来るわよね…」 「暫く贅沢できるよな」 「そりゃヨカッタ」  今日はハドリーとファニーが旅立つ日だ。キュッリッキとメルヴィン、そしてライオン傭兵団のみんなを代表して、ルーファス、ギャリー、ザカリーが見送りに来ていた。  3人とハドリーは故郷が近いことが判明し、共通する話題も多くあることから、急速に親交を深めていた。 「ちょっとリッキー、何暗い顔してるのよ」  後ろの方でぽつんと佇み、俯いているキュッリッキにファニーが詰め寄った。 「暫く会えなくなるんだから、笑顔で見送りなさいよね」 「だって…」  ふいに大きくしゃくり上げると、キュッリッキは大粒の涙をポタポタ流し始めた。 「全くもー、泣き虫なんだからあ」  長い付き合いだ、キュッリッキが泣くことを我慢していたのはひと目で判った。  メソメソ泣き続けるキュッリッキを見つめ、ファニーは言っておかなければならないことを思い出す。  両手を腰に当てて、フウッと息をついた。 「いい? これが最後のお説教よ」  キュッリッキは涙目をファニーに向ける。 「今まではあんた文字通り子供だったけど、もう大人なのよ。19歳なんだし、来年にはメルヴィンさんのお嫁さんになるの。甘えてばっかりの子供じゃないのよ」 「うん…」 「いずれあんたも、母親になる日が来るわ」 「えっ」  キュッリッキは驚いたように顔を上げた。 「そのうち子供も出来る」  そう言って、ファニーはキュッリッキのお腹を指先でつつく。 「ここに、メルヴィンさんの赤ちゃんが宿って、そして産んで、あんたはその時からお母さんになるの」 「……」  キュッリッキは自分のお腹を怪訝そうに見つめた。 「あんた過去に色々大変な目に遭ってるから、なかなか実感しにくいだろうけど。でもそうなっていくんだからね」  戸惑う表情を浮かべるキュッリッキの顔を見て、ファニーは小さく苦笑する。 「メルヴィンさんと力を合わせて、赤ちゃんを守って育てていくの。いつまでも、あたしやハドリーがそばで助けていくわけじゃないのよ」 「ファニー…」  いつまでもキュッリッキのことを考えて、導いていくわけにもいかない。ファニーもハドリーと結婚して、新しい人生を踏み出した。不安や心配も多くある。  キュッリッキは傭兵を辞め、新しい人生を模索し始めた。お互い手探りの未来を進んでいく。  だから、これからは愛するパートナーと共に切り開いていくのだ。ファニーはハドリーと、キュッリッキはメルヴィンと。それが少しでも伝わって欲しい。 「話したいことができたり困ったことがあれば、あたしに手紙を書きなさい。住む場所が遠くなるだけで、別に会えなくなるわけじゃないでしょ。どうしても直接話したいなら会いに来てもいい。あの立派な自動車があれば直ぐよ」 「うん、お手紙いっぱい書くの」 「それに、来年のあんたの結婚式には何が何でも絶対来るし、でもそのときは屋敷に泊めてちょうだいネ」 「うん」  ファニーはキュッリッキの両肩を掴み、グッと力を込めた。 「これから新しいことがいっぱい起こると思うけど、もうあんた一人じゃないんだから、メルヴィンさんと一緒に頑張りなさい。頼り切るだけじゃなく、あんたもメルヴィンさんを支えて、一緒に生きていくのよ」 「はいなの」  キュッリッキは両手で涙を拭うと、くしゃっとした顔で笑った。 「姉妹っていうより、母と娘みたいだな」  ギャリーの感想に、ハドリーは苦笑する。  キュッリッキと出会った当初は、あんなふうに言われて素直に返事をするようなコではなかった。言い負かされて大泣きするか、むくれるかのどっちかだった。  それでもファニーは根気強く言い続け、キュッリッキは良い方向へと変わっていったのだ。  昔の思い出や気持ちなどが一気に胸に蘇り、ハドリーは極まって泣きそうになり、ズズッと鼻をすする。 「そろそろ時間だよ、ハドリー、ファニーちゃん」 「おっと」  駅前に建つ大時計を指すルーファスに促され、ハドリーは傍らに置いてあった荷物を持った。 「俺たち、そろそろ行くわ」 「はーい。じゃ、元気でね、リッキー」 「ファニーもハドリーも、元気でね」  ハドリーのそばに駆け寄るファニーに、キュッリッキは身を乗り出すように言い、また泣きそうになって必死に涙を堪えた。 「ありがとね、いっぱいありがとね、ファニーもハドリーも!」  言い尽くせないほどの感謝がある。キュッリッキにとって、初めて得た友達だから。友達になってくれた2人だから。 「メルヴィンさん、リッキーのことお願いします」 「あんまり甘やかしちゃダメですからね」 「判りました」  今にも2人に飛びつきそうなキュッリッキを抱き寄せ、メルヴィンは苦笑しながら手を振った。  駅にはたくさんの人がごった返していて、見送りは改札手前までだった。  2人の姿が改札を抜けて、ホームに消えていく。  後ろ姿が完全に見えなくなったとき、キュッリッキは再び泣き出した。
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