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おかあさんになってみようかな
「オレは、リッキーにオレの子供を産んで欲しい。その気持ちは、今も変わりません」
穏やかに話し始めたメルヴィンを、キュッリッキは黙って見上げる。
「片翼で生まれてきたリッキーが、自分が産む子供に、万が一の不安があるのも判りました。そして、損なった子供が生まれてきたとき、子供が嫌な思いを味わわないか心配していることも」
目の前の赤ん坊を見つめながら、メルヴィンは表情を変えることなく続けた。
「本当なら、リッキーの気持ちを尊重して、子供は諦めようって言わなきゃいけないんだろうけど。でも、それはちょっと違うような気がするんです」
「……」
「オレはリッキーの全てを受け入れて、未来を進んでいきたい。辛かった過去も、思いも全て。――覚えていますか? イフーメの森でオレの言ったこと」
お互い告白をして、結ばれた思い出の場所。
「オレはヴィプネン族なので、翼のあるなしがどれほど重いことなのかは判りません。でも、片腕がなかったら、片足がなかったら、そう考えると察することはできます。そして、一緒にそのことを乗り越えたいと思います。リッキーさんが片翼でも、そのことで嫌ったりすることは、けっしてありません。――そう、オレは言いました」
「うん、覚えてる」
「あの時の言葉に嘘偽りはありません。今もそう思い続けています。失っていた片翼が戻った今も、傷つきすぎたあなたの心を癒したいと思います。そして、万が一生まれた子供に損なった部分があったとしても、オレは大事に育て、愛していきたい」
「メルヴィン…」
「オレは男だから、子を宿す女性がどんな気持ちでいるかは、正直判りません。想像することの半分も理解できていないでしょう。でも、オレに出来ること全てをかけて、リッキーを守っていきたいし、生まれた子供も愛していきたい」
メルヴィンはキュッリッキの傍らに跪き、そして手を取った。
「どうか、オレの子供を産んでくれませんか?」
見上げてくるメルヴィンを見つめ、そして目だけを新生児室へと向ける。
愛するメルヴィンの願いでも、キュッリッキの心には迷いが残っていた。
修道院で同族から向けられた、蔑みの眼差し。まるで生きていてはいけないと思ってしまうほど、片翼を責めるような言動。
その片翼のために、生まれ落ちてすぐ実の両親から拒否され捨てられた。その事実を隠されることなく、突きつけられてきた日々。
そんな簡単に消せるほど、軽い思い出ではないのだ。
しかし、目の前のあかちゃん達を見ていると、心底愛おしくなってくる。
素晴らしい男性であるメルヴィンと、未熟で欠陥品の自分。どんなあかちゃんが生まれてくるんだろう。
こんな自分が、新しい命を生み出して許されるんだろうか。
生まれてきた命は、どんな姿をしているのだろう。ダメな自分に、微笑んでくれるだろうか。
いつの間にか、興味が尽きないでいた。
「あかちゃん、あんなに小さくて、とっても可愛いと思う」
「はい」
「顔はおさるさんみたいだけど、ぷにぷにしてて、抱っこしてみたい」
「そうですね」
「……今でもまだ、いっぱい不安だし、怖いけど…。でも、メルヴィン支えてくれる? 励ましてくれる?」
「もちろんです」
メルヴィンが握ってくれる手を、気持ちを込めて強く握り返した。
勇気を出して、一歩、踏み出してみよう。
「じゃあ、アタシも、おかあさんになってみようかな」
「リッキー」
感極まった表情でメルヴィンは立ち上がると、はにかむような顔をするキュッリッキを強く抱きしめる。勇気を出して決心してくれたことに、メルヴィンは心から喜んだ。
「ありがとう、リッキー」
手をつないで戻ってきたメルヴィンとキュッリッキを見て、ソファに座っていたヴィヒトリは腰を上げた。アリサも気づいて立ち上がる。
「決心はついたみたいだね、キュッリッキちゃん」
キュッリッキは小さく頷く。
「自信はないけど、頑張ってみることにしたの」
「大丈夫だよ。ボクもついてるし、メルヴィンもいるしね」
「私もいますよ。よくご決心なされましたね、お嬢様」
「うん。アリサも助けてね?」
「もちろんでございますよ。しっかりお世話させていただきます」
にっこり微笑むアリサに、ようやく柔らかい笑みを浮かべた。
「せっかくハーメンリンナに来ましたし、どこか寄っていきますか?」
キュッリッキは首を横に振ろうとして、ふと気づいたように動きを止めた。
「リュリュさんに会っていきたい。婚約したことと、あかちゃん産むんだって報告したいの」
「そういえば、婚約した連絡をするの、忘れてましたね…」
「オイオイ、リュリュさんは後見人だろう…」
ヴィヒトリのツッコミに、メルヴィンはあたふたと後頭部を掻く。
「あのオカマは忙しそうだから、宰相府で所在を確認して、連絡入れてから行ったほうがイイヨん」
「ですね。電話かけてきます。リッキーはちょっと待っててください」
「はーい」
リュリュはアルケラ研究機関ケレヴィルの本部にいるそうで、2人が来るのを待っていてくれるということだった。
病院を辞して自動車で移動し、すぐケレヴィル本部の地下通路へと到着した。
「ようこそ、お待ちしておりました」
まだ若いハンサムな青年が、手ずからドアを開けて出迎えてくれた。パウリ少佐ではない。
誰だろう、という3人の視線を感じ、青年は小さく笑む。
「申し遅れました。リュリュ様の秘書を務めさせていただいております、パール=エーリクと申します」
優雅な一礼に、3人もかしこまって頭を下げた。
(リュリュさんの好みって判りやすい…)
メルヴィンは内心でひっそりとため息をついた。
以前モナルダ大陸を移動していた時に乗った汽車に、リュリュの配備したダエヴァの軍人たちがいたが、どれもとってつけたように甘いマスクの、ホストみたいなハンサムたちだった。
しかしリュリュは顔だけでなく、実力ある者をしっかり選んでいる。
「パウリさんじゃないんだね。クビになっちゃったの?」
「いえいえ、違いますよお嬢様。彼は別の責任ある長に就いたので、私が新たに秘書になりました」
「そうなんだね」
「さ、リュリュ様がお待ちです。参りましょう」
ベルトルド達と死闘を繰り広げ、宇宙からこのケレヴィル本部に帰還してもう2ヶ月経つ。キュッリッキは懐かしいものでも見るように、通された応接室をくるくる見回した。
「いらっしゃい小娘たち。なにかお話があるんですって?」
リュリュとパール=エーリク、そしてシ・アティウスが応接室に入ってきた」
キュッリッキは待ちかねたように立ち上がり、左手を突きつけた。
「見て! メルヴィンが買ってくれたんだよ」
左手の薬指にハマる指輪。室内の明かりを弾いてキラキラ煌く。
「ンまっ、バーリグレーンの婚約指輪じゃない! コレ、とっても高いのよっ」
リュリュは垂れ目を大きく見開き、指輪に食いつきそうにまくし立てた。
「おめでとうございます、キュッリッキ嬢、メルヴィン」
リュリュの肩ごしに指輪を見て、シ・アティウスは笑みを口元に浮かべて祝した。
「ありがとうございます」
「えへへ、ありがとう」
「随分と張り切ったわねメルヴィン。ようやくケジメをつけたわけねン。これで、一安心ってところかしら。おめでとう2人とも」
「報告がちょっと遅れましたが、婚約済ませました」
「来週はね、メルヴィンの実家へ報告に行くんだよ」
「あらあ、ついに親に引き合わせるのネ」
「はい」
「小娘いいコト? メルヴィンのご両親の前に行ったら、床に正座して、こう、三つ指立てて「ふつつかな嫁ですが」ってご挨拶するのよ」
「まだ、結婚してないのに嫁なのか?」
ボソリと後ろでシ・アティウスがツッコむ。
「どーせもう嫁みたいなもんでしょ。嫁でイイワヨ」
「そうなのか…」
「い、いえ、そんな挨拶はしなくていいですリッキー…」
すでに足元で練習を開始しているキュッリッキに、メルヴィンは疲れたように言った。
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