ライオン傭兵団拡張計画-前編-

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ライオン傭兵団拡張計画-前編-

 食堂に集まったライオン傭兵団の面々は、長いテーブルの上に広げられた地図を覗き込んでいた。 「アジトのあったこの場所から、この辺り一帯を買収してきました」  地図を指し示し、フッと笑みを浮かべるカーティスに、今度は視線が集中する。 「可哀想なことに、ベルトルド卿の攻撃は、ご近所からかなりの広範囲に住む人々を、一緒に吹っ飛ばしてしまったので、空き地になっているんです」  ちっとも可哀想に思ってない顔で、肩をすくめた。 「50人くらいを収容して、更に生活スペースも広げ、もうちょっと個室も広くし、アレコレ付け足したりなんだりで…、まあ、こっからこのへんまでは、アジトに必要になるでしょう」  地図の上で指を動かし、思惑を簡潔にあらわした。 「で、周囲には傭兵相手のアパートをいくつか建てて、安定した収入にもします」  カーティスの説明が終わるまで、皆はとりあえず黙って聞いていた。 「ベルトルド卿から譲られた、ライオン傭兵団用の資金をありがたく使いました。まだまだ残っているので、皆さんの生活用品やら家具やらの購入にあてましょう。簡単に説明すると、こんな感じです」  ニコッ、とカーティスは締めくくった。 「まあ…カーティスがそう言うんなら、オレたちゃ別にかまわねえがよ。なーんか前と区分けみたいなもんが、変わってねえか?」 「ああ」  ギャリーの疑問に、カーティスは苦笑する。 「エルダー街、ブローリン街、ポルヴァ街、貧民街など、だいぶ前からインフラ整備をしたくて立ち退きなどを行っていたそうなんです。でも、なかなかうまくいかずに、長年問題に上がっていたそうなんですが、ベルトルド卿の攻撃は、まさにインフラ整備予定の街の部分を、的確に吹っ飛ばしていったそうなんですよ」  ――アンタって人は… 「ベルトルド卿の過激すぎた置き土産のおかげで、行政はやっとインフラ整備が出来ると、大急ぎで取り掛かっているそうです」 「さっすがベルトルド様、オレたち吹っ飛ばすついでに仕事もしていくなんて、ホント凄い人だったよねえ~」 「雷霆(ケラウノス)の餌食になった街の人たちは、可哀想っちゃ可哀想だけど」  ルーファスとタルコットは、疲れた笑いを顔に浮かべ、溜息を吐きだした。 「まあ、一部の犠牲で、皇都には待望の電気が各ご家庭で使えるようになるそうですよ」  オオッ!と食堂がどよめく。 「使用料は高くなるそうですが、試験的に皇都全体から初めて、ゆくゆくは国の隅々まで電力を届けるように整備していくことになると、リュリュさんが言ってました」 「今んとこ、ハーメンリンナとごく一部の施設しか使えねえもんな」 「お財布と相談~ってぇ感じよねえ」 「使用料安くなってこねえと、使わない一般家庭は多そうだ」 「カーティスさん、街やアジトの再建など、どのくらいかかるんですか?」 「インフラ整備と更地にするまでに半年、そっから建設会社次第でドンドン建っていく予定、なんだそうです」 「じゃあ、当分仕事はここを拠点にすればいいですね」 「ええ、間借りしちゃいますが。すみませんね、メルヴィン、キューリさん」 「オレたちは構いませんよ」 「うん。お部屋いっぱいあるしね」  頓着した様子もなく、キュッリッキは朗らかに微笑んだ。  一ヶ月ほど前、ハワドウレ皇国元副宰相ベルトルドは、後ろ盾をしていたライオン傭兵団と決別した。そしてキュッリッキを攫い、ライオン傭兵団のアジトを中心に、半径5キロもの広範囲を焼け野原にしてしまったのだ。  多くの死傷者を出しはしたが、行政側としては長年の問題が一瞬で解決してしまって、複雑な思いで受けて止めている。  アジトを失ったライオン傭兵団は、キュッリッキとメルヴィンの屋敷に身を寄せている。  かつてベルトルドが住んでいた屋敷だが、キュッリッキとメルヴィンのために、ハーメンリンナから外に出され、キティラという高級別荘地に移築されている。海の玄関街ハーツイーズに近い。  主の名をとってベルトルド邸と呼ばれていたが、今は元の名でヴィーンゴールヴ邸と呼んでいる。  キティラの中では一番大きく、敷地も広い。そして召喚士の住む屋敷なので、国から警備兵が配置され、安心安全な厳重セキュリティ状態でもある。  もっとも、現在屋敷に住む主たちや居候組みは、警備兵たちよりも強かったが。  カーティスの話しも終わり、そのまま昼食になった。 「そういや2人とも、結婚式はいつするんでぃ?」  突然結婚の話題に触れられて、メルヴィンは顔を上げた。 「そういえば…」  メルヴィンはギャリーの顔を見たあと、次いでキュッリッキの顔を見る。 「まだ、決めてませんでしたね、リッキー」  キュッリッキはナイフを動かしていた手を止めると、チラッとメルヴィンの顔を見て、難しい顔をして俯いた。 「リッキー?」 「…結婚式、すぐしないと、ダメ?」  どこか不機嫌そうに、俯いたままボソリと言う。 「いえ、急いでしなくてもいいと思いますが」 「出来れば、1年くらい後の方がいいかも…」 「なんで1年後なんだよ??」  ザカリーが首をかしげてツッコミ混ざる。 「ベルトルドさんたちの喪が明けるまで……1年くらい後の方がいいかなって」  沈んだような顔を上げると、キュッリッキはメルヴィンを見た。 「ダメ……かな?」  メルヴィンはゆっくりと顔を横に振ると、優しく微笑んだ。 「オレはそれでいいですよ。リッキーが式を挙げたくなったら挙げましょう」 「ありがと、メルヴィン」  ベルトルドとアルカネットは、キュッリッキにとって大切な人達だ。  愛を与え、幸せを与え、そしてもっとも卑怯な方法で裏切った。しかしキュッリッキの心は、傷つけられた以上に2人の愛が大きく残っていて、2人を失った悲しみから、まだ立ち直れていない。  幸せなウェディングベルを鳴らせる心境では、とてもじゃないがなかった。  メルヴィンもそれがよく判っているので、無理強いする気はない。 「どうせウェディングベル鳴らすなら、笑顔で鳴らしたいよね」  ルーファスがにっこり言うと、キュッリッキも破顔した。 「そーそー。もう一緒に暮らしてるんだしぃ、今からじぃーっくりと、ウェディングドレス選べばいいしね~」 「ウェディングドレスかあ~」  マリオンの指摘に、キュッリッキは真っ白なドレスを思い浮かべる。 「……ベルトルドさんとアルカネットさんにも、見て欲しかった…」  じわりと涙ぐむキュッリッキに、マリオンが慌てる。 「自分で言っといてなんだが、当分この話題は避けようぜ…」  困ったように言うギャリーに、皆無言で頷いた。
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