子ウサギの名前は?

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子ウサギの名前は?

「エルシーとイライアス、2人の結婚話も、これで一件落着しそうかしら」  道場の建物から、ハリエットがにっこりと笑みを浮かべて出てきた。 「母上…」 「エルシーが首を縦に振るのに時間はかかりそうだけど、イライアスはあれで頑固だから、意地でも縦に振らせるでしょうね」  苦笑するハリエットに、メルヴィンも苦笑を返す。 「婚約者を連れて帰ると手紙が来たとき、エルシーの動揺の激しさは凄かったのよ。でも、一度決めたら何を言っても変えないあなただから、衝突することは避けられないとも思ったの」 「…そうですね」 「失恋してしまったエルシーは可哀想だけど、共に幸せになれる人を見つけてきたんだから、私はあなたとキュッリッキさんを、応援しますよ」  ハリエットの母親らしい優しい笑みに、メルヴィンとキュッリッキは安堵したように顔を見合わせた。 「そうそう、あなたにはまだ話していなかったけど。お父様の後継者はイライアスに決まったのよ、昨年のことだけど」 「そうでしたか。なんとなく、そうなるんじゃないかと思っていました」  メルヴィンは頓着しない表情で頷く。 「才色兼備、文武両道、人柄も良いし、あなたの代わりとして後継者にするのに、申し分ないもの」 「ええ、オレもそう思います」 「ただねえ、本音は実の息子にあとを継いで欲しいと思っているのよ。けど、15年前あなたが相続を放棄したから仕方がないけれど」  ハワドウレ皇国軍に入ると決めたとき、この国の評議委員である父の立場を考え、一切の相続を放棄をした。 「父上にも母上にも申し訳ないと思いますが、オレは後悔していません。おかげで、こんなに素敵な花嫁と出会えましたから」  握っていたキュッリッキの手を、更に力強く握った。そこにメルヴィンの愛を感じ、キュッリッキは幸せそうに微笑んだ。 「そのうちエルシーにも、受け入れてもらえると信じています」 「そうね。ちょっと時間はかかるでしょうけど、そこはイライアスもいるから心配していないわ」 「はい」 「それにしても、可愛いウサちゃんね」  キュッリッキの腕の中で小さく震える子ウサギに、ハリエットは顔を向ける。 「うんと、横暴な飼い主から脱げ出してきたんだって。行くところもないっていうから、うちで飼おうと思うの」 「まあ、召喚士ってウサギの言葉も判るものなの?」 「このコたちが通訳してくれたの」  キュッリッキの足元に座る白黒の仔犬に、ハリエットは興味深そうに見入った。 「…犬の言葉は判るのねえ……」 「えっと…」  話せば長くなる、とキュッリッキはメルヴィンに救いの視線を投げかけた。 「帰るまでこのウサギの寝床になるような入れ物ありませんか? 母上」 「ああ、それじゃあ、おさまりのいいカゴがないか見てくるわね」 「お願いします」  ハリエットがこの場から去ると、メルヴィンはキュッリッキを抱きしめた。 「ごめんね、悲しい思いをさせちゃって。無事で本当に良かった」 「ううん、アタシがもっとしっかりしなきゃだったの。でも、まだ勇気が出せなくて逃げちゃった…」  人はそんな急に変われるものではない。キュッリッキは自分の過去と向き合って、まだ数ヶ月なのだ。その数ヶ月は様々な出来事が積み重なり、キュッリッキを大きく成長させている。それでも、そう簡単に全てを変えられるものではない。 「あまり、急がないでください。無理をしなくても、自然と出来るようになります」 「うん、でも…」 「オレのほうが、もっとしっかりしなきゃ。実家だからって、更に気が緩んでいました…。ホント、ごめんなさい」 「メルヴィン悪くないもん!」  慌てて見上げてくるキュッリッキに、メルヴィンは嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとう、リッキー」 「あっ」  キュッリッキとメルヴィンに挟まれて苦しいのか、子ウサギが身をよじった。 「ごめんね、ウサちゃん」 「ああ、どうしたんですか、このウサギ?」 「フローズヴィトニルが見つけて、帰ってくる途中で拾ったの。うちで飼うことに決めたんだよ」 「なるほど、可愛いお土産が出来ましたね。それで、名前はもう決めたんですか?」  キュッリッキはちょっと考えこむ風になると、 「うーんとー……、ヘリアン、にする!」  そうパッと顔を輝かせた。 「女の子なんですね」 「うん。キミは今日から、ヘリアンね」  ヘリアンと名付けられた子ウサギは、不思議そうにキュッリッキを見上げて、鼻をヒクヒクと動かした。
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