ハーツイーズ大結婚式物語・1

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ハーツイーズ大結婚式物語・1

 360度ズラリと取り囲まれて、ハドリーとファニーはお互い身を寄せながら首を縮こませていた。 「キュッリッキ様のご友人という証拠を提示していただかなくては、こちらとしても中へお通しすることはできません」 「提示するもなにも、本人に聞いてきてもらませんかね?」 「それは出来ません」 「……困ったな」  ハドリーは髭で覆われた顎を指先でちょいちょいっと掻きながら、兵士たちの背後に控える広大な屋敷を見上げた。  皇都イララクス海の玄関街ハーツイーズから、さほど遠くない海辺の高級別荘地キティラ。ここへ元副宰相ベルトルドの屋敷が移築され、親友のキュッリッキやライオン傭兵団が住んでいると連絡を受けたのは、つい昨日のことだ。  イララクスの大火災事件から今までずっと、キュッリッキたちとは連絡が取れず、傭兵ギルド・エルダー街支部も焼け落ち、安否が気になって気になってしょうがなかった。  それに、とても大事な話もあり、連絡を取りたくていたところ、ハーツイーズのアパートにキュッリッキから手紙が届いて駆けつけた。 「どうする? ハドリー」  珍しく口をつぐんでいたファニーが、脇腹を肘で小突いてきて声を潜めた。 「ここまできて出直すのもなあ…」  屋敷の周りは皇国軍正規部隊が駐屯し、24時間警備している。  本来ならハーメンリンナの外へ出ることはないはずの召喚士様が、自由に市井を闊歩しているので、皇王自らが軍を差し向け守っているのだ。  軍人たちは任務を全うしているだけだから、恨むのは筋違いだと判っていても、つい恨みがましく思ってしまう。 「ねえ、ねえ、何してるの?」  そこへ、不思議そうな愛らしい声が割って入り、その場にいた全員はギョッと声の主を振り向いた。 「キュッリッキお嬢様!」 「リッキーじゃないか!」 「リッキー!」 「あれっ、ハドリーにファニーだあ。久しぶりだね~、手紙届いたの?」  キュッリッキは鉄門を重そうに押し広げ、小走りに二人に駆け寄った。 「どうして軍人さんたちに取り囲まれてるの?」  状況を全然把握してない暢気な声に、ハドリーは小さくため息をつくと、固まっている正面の軍人に、疲れた表情を向けた。 「通してもらってもいいです?」 「え、ええ…、どうぞ」  応接間ではなくスモーキングルームへ通されたハドリーとファニーは、ライオン傭兵団の出迎えを受けて恐縮した。 「よお、髭のにーちゃんに、ボインのねーちゃん、無事だったかあ」  2人が声を出す前に、気付いたギャリーが嬉しそうな声を出した。 「ハーツイーズはなにも被害がなかったから、大丈夫です」 「そりゃあ何よりだ。なんせ、オレたちのアジトを中心に、かなりの範囲がこっぴどく吹っ飛ばされて死傷者だしちまってたからよ。巻き込んで申し訳なかったっつーか」 「…みなさんの方こそ、よく無事だったのね」  さすが化物集団、とは心の中で呟くファニーだった。 「みんな元気そうで安心しました。リッキーも元気そうだ」 「うん。もうメソメソやめたもん」 「メソメソ? ああ、副宰相閣下が亡くなられたんだってな」 「オバケになったベルトルドさんとアルカネットさんをちゃんと見送ったし、ヘルヘイムで氷漬けになってるよ、今頃。エッチなことも考えなくなるんだから」  顔をムスッとしかめて、キュッリッキは「フンッ」と鼻息を吹き出す。  ベルトルドの心を綴ったメモ帳の内容を知って以来、キュッリッキは立ち直っていた。翌日から勉強を再開して、家庭教師のグンヒルドを喜ばせたくらい元気だ。  リュリュの強烈な作戦が、功を奏したようだった。 「氷の中でもきっと股間は元気いっぱいだろう…」  ギャリーがボソリとツッコむと、同意する頷きが室内に満ちた。  立ちっぱなしのハドリーとファニーをソファに導きながら、メルヴィンは2人の前に紅茶のカップを置く。 「お2人揃って会いに来てくれてありがとうございます。今日はどうしましたか?」 「え、ええ。報告したいことがいくつかありまして」  ハドリーはちょっと照れくさそうに頭の後ろを掻く。  横に座るファニーの顔をチラッと見て、ハドリーは姿勢を正した。 「オレ達、け、結婚することにしまして」  おお! と室内がどよめく。 「それは、おめでとうございます」  メルヴィンがにっこり微笑みながら言うと、ファニーは恥ずかしそうに俯いた。 「なんだー、2人ともそういう関係だったのー? ファニーちゃんちっともなびかないから」  ルーファスが残念そうに言うと、ファニーは苦笑した。 「もとからフラれてたのか、ザマー」  フッと笑うタルコットに、ルーファスはしょんぼりした顔を向けた。  ワイワイ祝福の言葉が飛び交う中、メルヴィンの隣に座っているキュッリッキだけは、無言で2人を凝視していた。 「どうしました? リッキー」  気づいてメルヴィンが声をかけると、 「うわああああん」  大きく口を開けて、突然泣き出した。  5分くらい泣くに泣いたキュッリッキはやがて落ち着いてくると、メルヴィンが差し出したティッシュで鼻をかんで、大きくしゃくり上げる。 「ハドリー、ひっく、ファニー、ひっく、おめでとうなの」  泣きべそ顔に笑みを浮かべ、キュッリッキは嬉しさを隠しきれない瞳を2人に向けた。 「ありがとうリッキー。リッキーに祝ってもらえるのが一番嬉しいよ、オレ達」 「いきなり泣くから、反対なんだと思ったわよ、もう」 「ごめん、びっくりしたら泣いちゃった」  もう一度鼻をかんで、丸めたテッシュはポイッと無造作に放り投げる。  キュッリッキにとって、ハドリーとファニーは大恩人だ。  こんなふうに他人と接することが出来るようになったのも、2人が何かと気を回して面倒を見てくれたおかげだ。  ベルトルドやライオン傭兵団と出会うまでのキュッリッキは、この2人に支えてもらっていたのだ。  年上の2人は兄と姉であり、大事な大事な親友。その2人が結婚するという。 「アタシ、2人がそんな関係って全然気付かなかった」 「多分そうだと思ってたわよ」  やや呆れ顔でファニーは苦笑する。 「まあ、とくにイチャついたりはしなかったしな」 「この子前にすると、なんかそんな気は起こらなかったっていうか…」 「いえてる…」 「えー…」  ナントナク2人の気持ちが理解出来るライオン傭兵だった。そんな空気を感じ、キュッリッキがジロリと彼らを睨む。 「ところで、お式はいつですか?」  キュッリッキを優しく宥めながら、メルヴィンがサラリと話題を変える。 「金もかかるし、街の神殿で適当に誓いやらなにやらな簡素に」 「ええええ!!」  室内にブーイングが響いた。
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