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ハーツイーズ大結婚式物語・3
秋もすっかり深まり、晴天のもとでも肌寒い。ハーツイーズは海辺の街なので、海から吹き込む風が更に冷たさを運んでいた。
薄着を後悔しながら停車場のそばで待っていると、突如黒塗りの大型の物体が、シュイーンという音を鳴らせてファニーの前に止まった。
見慣れないものがドッシリと車道に停まったので、周りにいた人々もギョッと目を剥く。
黒い物体の窓が開くと、キュッリッキが笑顔を見せた。
「ファニーお待たせなの~」
「リッキー! な、なんなのよコレ?」
「電気エネルギーで動く、自動車って言うんだって」
電気エネルギー、つまりは。
「な、なるほど…、さすが、召喚士様ね…」
「皇王様が、ハーメンリンナを行き来するのに便利だからってくれたの」
運転手が出てきて、恭しくドアが開けられた。
「ファニー乗って。ハーメンリンナへ行こう」
運転手からも促され、ファニーはおっかなびっくり車に乗り込む。
「やっほぉ~」
奥にマリオンも乗っていて、ニコニコと手を振っていた。
中は対面式の座席が六つあり、大人が6人乗ってもゆったりとした空間があった。馬車ほど天井は高くないが、高級感漂う内装に、ファニーは目を白黒させていた。
ファニーが乗り込むと、運転手がそっとドアを閉じて、運転席に戻っていく。
「マリオンがね、とっておきのお店を案内してくれるって」
「おお、ありがとうございまっす!」
「あっちでぇ、もう一人合流するけどお、気にしないでねぇ~ん」
「マリオンのカレシなんだって」
「ナント」
マリオンは太っているわけではないが、引き締まった大柄な身体に、バインバインのおっぱいがボリュームを出している。髪の毛も明るいオレンジがかった赤毛で、化粧もハデなので、全体的に主張感のあるケバさなのだ。
そんなマリオンのカレシとは、どんな風貌なのだろうとファニーは興味津々になる。
「運転手さん、ハーメンリンナ行こう」
「承りました、お嬢様」
運転手は肩ごしに恭しく頭を下げると、車を発進させた。
ハーメンリンナの入口では止められることはなく、自動車はすんなりと中へと走り込む。
「凄い…」
「こぉ~んな車なんてぇ、持ち主限られてるしぃ。車自体でフリーパスよね~」
「便利でいいよね」
「ホントね…」
ハーメンリンナは、皇族や貴族・上流階級、政治軍事研究員などの、一部の限られた人々が暮らす街の呼称である。
同じ皇都イララクスに暮らしていても、まず一般人が出入りすることはできない。
中に住む人から招かれるか、荷物の搬入や一時的に入る必要がある以外では、入場は許可されないのだ。
車は地下に入り西区へ進路を取ると、僅か5分で目的地へ到着してしまった。
「お嬢様、到着しました」
運転手はそう言って素早く車外に出ると、歩道側のドアを開く。
「ありがと~ん」
「お買い物終わるまで、待っててね」
「はい」
「ありがとうございました…」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
頭を下げる運転手に見送られ、3人は地上に出る階段をのぼった。
「馬車みたいに揺れないから、お尻痛くならないね」
「ホント、吃驚しちゃったわよ。あんなすごい乗り物、ハーメンリンナに住んでる貴族は、みんな持ってるの?」
「貴族も持ってないわよぉ。皇王様一族用と、宰相・副宰相用、そしてキューリちゃんがぁ持ってるだけねぇ」
「……」
「量産が難しいらしくてぇ、貴族でも所有できるようになるにはあ…何十年も先みたい~」
「もう無理…、あたしの理解を超える世界…」
「そんなに凄いモノなんだね」
全く理解していない調子で、キュッリッキは朗らかに笑った。
ウェディングドレスの専門店前に、軍人が一人立っていた。
「パウリぃ~」
マリオンが呼びかけると、パウリ大佐は柔らかな笑みで手を振った。そして、キュッリッキに恭しく頭を下げる。
「ご無沙汰しております、キュッリッキお嬢様」
「お久しぶり、パウリさん」
ベルトルドとアルカネットが溺愛したキュッリッキを、パウリ大佐も大切に思っている。パウリ大佐も立場上、深いところまで関わっていたからだ。
「お元気になられたようでようございました。さあ、中へ入りましょう」
パウリ大佐は身振りで3人を店内へといざなった。
「いらっしゃいませ」
「うわ~あああああっ」
ファニーとキュッリッキが、感嘆の声をあげる。
「白いドレスがいっぱーい」
「やーん、迷っちゃう!」
キラキラ目を輝かせる乙女2人に、パウリ大佐はクスッと笑った。
「さあレディ達、あちらへ」
パウリ大佐が手振りでエスコートした先には、ウェディングドレスをまとったマネキンが数体並べられていた。
「本当はオーダーメイドが一番良いのですが、時間もないとのことなので、あの見本をもとにアレンジをしていただきましょう。それか、店内にある気に入ったドレスでもいいですよ」
「はい、ありがとうございます」
「ファニーどんなドレスにするの?」
「んー、どれも着てみたいし……リッキーはどんなドレスが好み?」
「アタシはねー、こういうミニがいいなあ」
「華奢だから、あんたには似合いそう」
「たまにはこういうフリフリビラビラしたのは?」
「綺麗だけど、あたしには似合わないわよ」
「そっかなあ? いつもこういうの着ないし、たまにはこういうの着たらハドリーびっくりするかも」
「吃驚を通り越してギョッとされちゃうわ…」
「じゃー、こういうシンプルなのとか?」
「確実に似合いそうだけど、せっかくのウェディングドレスだし、もちょっと飾り立ててみたい気もするわ」
あーでもないこーでもないと真剣に選ぶ2人をよそに、休憩スペースのソファに座って、マリオンは運ばれてきた紅茶を啜っていた。
「アドバイスしてあげないんですか?」
隣に座ったパウリ大佐が、手を伸ばしてマリオンの太ももに触れる。
「アタシが選んだらぁ、あの子たちの趣味と合わないわよぅ、きっと」
「なるほど」
可笑しそうにパウリ大佐は笑うと、艶っぽい視線をマリオンに注いだ。
「私としては、あなたのドレスも選びたいんですが?」
「昔にも言ったけどぉ、まだ自由を満喫してたいってゆーか」
「結婚したあとも、傭兵を続けていていいんですよ」
「ソウナンダケド」
マリオンにしては珍しく、困ったような苦笑を口の端に滲ませる。
マリオンが楽士隊とダエヴァに所属していた頃、当時まだ少佐のパウリと付き合っていた。しかし宮仕えを辞めてライオン傭兵団に入ると、パウリ少佐との仲は自然消滅している。
昔からマリオンは恋愛に夢中になれなかった。パウリ大佐との結婚に踏み切れないのも、そうした面も影響している。
ノラリクラリとかわして逃げているが、パウリ大佐は辛抱強くついてくる。マリオンとしては今のまま、自由にしているほうがいいのだ。
マリオンの気持ちを察して、パウリ大佐はそれ以上追求しなかった。
「あ~~~んっ! もーダメ!! 全部着たいから選べなあ~~い!」
「どれも素敵だもんね~」
「おやおや」
パウリ大佐はクスッと笑って立ち上がった。
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