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ハーツイーズ大結婚式物語・8
先頭の馬車には付き添いが、2台目の馬車に花嫁花婿が、3台目の見たこともない物体がおそらく警備(?)、などと思いながら、街道の見物客たちは御一行を見ていた。
海の玄関口であるハーツイーズ街は、毎日大勢の人々が行き交う。
とくに今日は結婚パーティーが盛大に開かれるとあって、大混雑していた。その大半の客が傭兵というのもあり、物騒で厳つい男たちが多い。
「披露宴会場のビーチはこっちでーす」
紙を丸めた拡声器で、パーティースタッフたちが誘導する。
ライオン傭兵団の他にも、ボランティアスタッフが多く力を貸していて、参加客がスムーズにビーチへと誘われて行った。
ヴィーンゴールヴ邸の使用人たちも幾人か駆り出されており、巨大なテントの下では、料理の盛りつけやら何やらで大忙しだ。
「出張露店もケッコーきてるんじゃなーい?」
ビーチの一角に20軒ほど並ぶ飲食露店を見て、ルーファスはニコニコと笑顔を浮かべる。
「キューリの知り合いが、街中の飲食店に声をかけてくれたらしくってよ、まだ出店にくるところもあるらしいぜ」
「シカモ盛大に『無料で食べ放題飲み放題!』って宣伝もついてるから、披露宴に関係ないやつも大勢押し寄せてくるだろうな」
ギャリーに頷きながら、ザカリーはニシシッと笑う。
「食材足りるのかな」
ビール瓶の詰まったケースを置いて、ランドンは額の汗をぬぐった。
「漁船から直接買い付けてるところもあるらしい。それに街中の食料品店も、ここぞとばかり売りに走ってるそうだしな」
「なんか、思いっきり街に貢献してるね…」
あはは、と乾いた笑いが皆の顔に浮かぶ。
「カーティスさんたち到着したみたいですー!」
離れたところでシビルが手を振り回していた。
「お出迎えに行くとするか」
ビーチの入口に立ち、ハドリーとファニーは口の端を引きつらせていた。
「な、ナニこの大人数は…」
「こないだの美人コンテスト並みの…、いや、それ以上じゃないか」
広いビーチはビッシリ人が密集し、食べ物のイイ匂いが満ち溢れている。
「いっぱい集まったね!」
自動車から降りたキュッリッキは、2人の横に並んでビーチを見渡す。
「見世物とか色々用意してくれてるみたいだから、今日は一日中盛り上がれそうだね」
にっこり笑うキュッリッキに、2人はゲッソリとした顔を向けた。
実家に戻ったら、慎ましく披露宴パーティーをすればいい。そう思っていたハドリーだったが、桁外れの予想外に、背中で大量の汗を流していた。
「さ、会場へ行こう~」
キュッリッキが2人を促すと、マーゴットがズズイッと前に塞がる。
「私から行くわ」
ツンッと顎を反らせ前に踏み出そうとすると、
「ハドリーさんとファニーさんから行きましょう」
そうメルヴィンがマーゴットを押しのけた。
「ちょ、ちょっと何するのよメルヴィン!」
「主役はこのお2人です。わきまえてください」
「そうですよ、マーゴット」
渋面のカーティスにも阻止されて、マーゴットはワナワナと肩を震わせてメルヴィンを睨みつけた。
「んじゃ、行くか」
「うん」
ハドリーとファニーは嫌味を込めた笑みをチラリとマーゴットに投げかけて、花飾りと絨毯で舗装されたウエディングアイルランナーに一歩踏み出した。
花嫁花婿の登場に、ビーチで大歓声が沸き起こる。
「この果報者め!」
「髭にはもったいないぞー!」
「俺たちのファニーちゃあああんっ」
「お幸せにー」
嫉妬の罵声――主にハドリーへの――が3分の2、祝福コールが3分の1といった大歓声に、ハドリーはこっそりため息をついた。
そしていつもなら元気に手を振り返すファニーは、顔を真っ赤にしてしおらしく俯いている。
2人の様子を後ろから微笑ましく見ていたキュッリッキは、感無量で涙ぐみ、手にしていたヴェールで鼻をかみそうになってメルヴィンが慌てて阻止した。
「おめでとうお2人さん! ついでにおめでとう、カーティスとマーゴット」
花嫁花婿のためのテントに到着し、ライオン傭兵団が祝辞を述べながら出迎えた。
「会場の用意ありがとみんな。すっごいお客さんいっぱーい」
「まだまだ増えるらしいぞ」
「ええ、ビーチに入りきれるのかなあ…」
呆れるキュッリッキに、
「あとでリュリュさんたちも来てくれるってよ」
そうルーファスがウィンクした。
「うにゃあ…驚きなの」
花嫁花婿のテントには、早速知り合いや馴染みの傭兵たちが多く押し寄せていた。
「俺たちのファニーちゃんを泣かせたら、テメーしょうちしねーからな!」
「ファニーちゃんのハートを射止めたのがこんな髭とは…」
ファニーの親衛隊が、厳つい顔に涙をいっぱい溢れさせてハドリーに詰め寄る。
「結局ハドリーで落ち着いちゃったわけかあ」
「もっと上狙えたんじゃないの~?」
「顔はともかく中身はイイわよ」
「甲斐性は低いケドね」
本人を前に、女性傭兵たちは言いたい放題である。
「酷い言われようだな、俺」
「みんな、あんま悪く言わないでよネー」
苦笑気味にファニーが釘を刺した。
「お前ら傭兵休業して、今後何で食ってく気なんだよ?」
「俺の実家が宿屋やっててさ、それを継ぐことになってる」
「へえ、ドコで宿開いてるんだ?」
「ちょっと西行ったラファティって小さい町なんだが、知ってるか?」
「え、ラファティなの!?」
女性傭兵を口説いていたルーファスが、びっくりした声を出した。
「町の隅っこあたりなんっすけど、20人くらい泊められる、まあ小さい宿です」
「マジかー! オレらラファティの隣町ビンカーの出身なんだぜ」
「え、マジっすか!」
ルーファス、ギャリー、ザカリーの3人は嬉しそうに身を乗り出した。
「オレたち3人同郷でさ、ラファティへも結構遊びに行ってたんだよ。学校もラファティにあったし」
「もしかしたら子供の頃に、会ってたかもしれないねえ」
「オレ覚えてねーなあ~~~、髭面のクラスメイトいなかったしよ」
「バカ、子供の頃から髭生えてるわけねーし」
「生えてませんでしたよ…」
「そりゃそーだ」
「随分里帰りしてないからなあ、懐かしいよな」
「来ることあったら是非寄ってください」
「もちろん泊まるぜ!」
「みんなもラファティへ来たら、ウチに泊まってってよ。ついでに宣伝もしといて」
「絶対行くわよ」
「ファニーちゃんに会いにいくよお~~~」
「ギルドにも情報登録しておくといいわよ、近場の仕事とか依頼入ると、宿泊施設の紹介もしてくれるし」
「ああ、それ知らなかったわ、後でいっとこっと」
「だなあ。イイ情報ありがとな」
ハドリーとファニーはずっとフリーの傭兵をしていた。そのため臨時雇用で色々な傭兵団で仕事をすることもあったし、同じフリーの傭兵と組むこともあった。そういうこともあり、とにかく顔も広い。
それに2人とも人当たりがよく、仕事も丁寧で取り組む姿勢もイイので、好感度が高い。
「2人ともいっぱいお祝いしてもらえて良かったの~」
「そうですね」
感極まりすぎて涙ぐむキュッリッキにハンカチを差し出しながら、メルヴィンはにっこりと微笑んだ。
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