メルヴィンは真面目なんです。・1

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メルヴィンは真面目なんです。・1

 ファニーとハドリーが旅立って、早2週間が過ぎた。  現在開店休業中のライオン傭兵団は、ヴィーンゴールヴ邸でゴロゴロしている日々。カーティスのみが、アジト再建の現場視察をほぼ毎日行っている。  仕事もナシだと身体が鈍りまくると嘆く脳筋組みは、広いパーティールームや庭で鍛錬をしていた。  しかし身体を動かす必要のないサイ《超能力》や魔法などのレアスキル〈才能〉組みは、書斎やスモーキングルームでゴロゴロ転がっている。  2時間ほどかけて爽やかな汗を流し、シャワーを浴びて着替えると、メルヴィンはスモーキングルームにいるルーファスを訪ねた。 「ルーファスさん、ちょっとご相談が」 「うん? どったの?」 「ええ、実はその…」  メルヴィンは顔を赤らめて言いよどみ、後頭部をカシカシと掻きながら深呼吸する。 「婚約指輪を買いたいので、一緒についてきてもらえませんか?」 「おお、イイヨいいよ~」  ソファに寝転んでいたルーファスは、勢いよくガバッと起き上がった。  以前にもキュッリッキの誕生日プレゼントを選ぶため、一緒に付き添ったことがある。女の子はどんなプレゼントが喜ぶかと、相談を持ちかけられたのだ。 「ついに、婚約するんだねえ」 「はい。まあ、こうして一緒に住んでいるから、今さらって感じなんですが」 「いやあ、女の子って形式的なことでも大事にするから、ケジメはしっかりつけたほうがいいよ~」 「そうですよね」  メルヴィンはどこかホッとしたように肩で息をついた。 「リッキー、ちょっとルーファスさんと2人で出かけてきますね」  自室で本を読んでいたキュッリッキは、本から顔を上げて頷いた。 「あまり遅くならないように戻ります」 「判ったの。いってらっしゃい」 「いってきます」  アタシも一緒に行く、と言われず、メルヴィンは内心ホッとする。  何でもかんでもついて行く、というのがキュッリッキにはナイ。どうしてもついて行きたい時は、自分からちゃんと言ってくる。そのあたり割とサッパリしていた。  自動車を出してもらって、ハーメンリンナへ向かう。  馬車でも良かったが、自動車だと面倒な手続きがなく入れるため、キュッリッキのご威光を借りていた。 「具体的にどんな指輪にするんだい?」 「オレあんまり種類知らなくて…。婚約指輪のことは、リッキーには内緒にしているから、好みも判らないです」 「まあ、土台は金にするかプラチナにするか、宝石は付けるか付けないか、デザインタイプはソリテール、メレ、パヴェ、エタニティのどれにするか、とかとか」 「……頭が、ついていきません」 「あはは。えーっと、ソリテールは宝石が一個だけついてるタイプ。メレは中央の宝石とその左右に数個小さな宝石がついてるタイプ。パヴェは中央の宝石と小さな宝石を散りばめたタイプ。エタニティは小さな統一の宝石がズラッと飾ってるタイプ」 「さすがルーファスさんですね。――うんん…なんでも似合いそうだけど、どれがいいかなあ」  腕を組んで唸りながら、メルヴィンは少ない指輪の知識で想像を膨らませる。 「キューリちゃんは黙って飾っておくと、神秘的な美しさがあるよね。19歳の年相応に。でも口を開くと、物凄く幼さが大爆発しちゃって、小柄だし背も低いから子供みたいに見えちゃうのよね」 「純粋で無垢ですから」 「そういうトコ、ヴァルトに似てると思わない?」 「確かに……。アイオン族ってみんな、ああいう感じなんでしょうか」 「アイオン族の知り合いが少ないからナントモだけど、ヴィヒトリもベルトルド様もアルカネットさんも、口を開くと、っていうのあったよね。まーキューリちゃんの場合は仕方がないから、取り敢えず色んなデザイン見て考えよう」 「はい」  指輪のデザインの豊富さとブランド力で世界一の、バーリグレーン社のジュエリーショップ本店がハーメンリンナの中にある。 「指輪を買うならココしかないね」  ルーファスは自信を持って太鼓判を押す。 (お金足りるかな…)  バーリグレーン本店を見上げ、メルヴィンは内心ヒヤヒヤしていた。  元々贅沢をすることがなく、実家への仕送り以外はほぼ貯金していて、額もそこそこ貯まっている。更に今ではキュッリッキの財産も共有で自由に使うことができる。  しかし婚約指輪は自分で稼いだ金で買いたいし、貯金はほかのことでも使う用事がある。全財産を叩くのは気が引けた。 「大丈夫だよメルヴィン、ドデカイ宝石のついた指輪とか選んだらタブン足らないと思うけど、品の良さと宝石の種類次第では問題ないから」 「そ、そうですね」  財布の中身を心配するメルヴィンの背を押し、店の中へと入った。  広い店内には磨きぬかれたガラスケースの中に、煌きを放つ宝石たちが飾られていた。そして店の中央には、クリスタルとダイヤモンドで作られた女性の彫刻像が飾られ、一際輝きを放っている。 「うひゃあ…すっごいなあ、あのダイヤ見てよ、ゴルフボールサイズはあるよねえ」 「誰が買うんですか…」 「タブン、キューリちゃん買えると思う」 「……」  天文学的数字のキュッリッキの財産なら、一括払いで余裕だろう。 「いらっしゃいませ」  黒髪の美しい女性店員が、輝くような笑顔で2人の前に立った。 「どのようなお品をお探しでしょう」 「彼の恋人に贈る婚約指輪を探してるんです」 「まあ、では、こちらにどうぞ」  にっこり微笑み、女性店員が奥へといざなった。 「こちらのお品など、当店のオススメでございます」  ダイヤモンドをあしらった指輪がズラッと並ぶショーケースを手振りで示し、女性店員は別のショーケースも紹介する。 「リングの形が少々変わったデザインのもので、こちらも大変人気なんですよ」  メルヴィンはじっくりとショーケースの中を覗き込む。 「リッキーは可愛いものが好きなんです。オレに合わせて大人っぽいものにも憧れてはいるんですが」 「んー、キューリちゃんは美人だから、基本なんでも似合うけど、雰囲気がまだまだあどけないから、カワイイデザインのものが良いんじゃない?」 「そうですね」 「それに結婚したらしなくなる指輪だし、あまり気合入れてもねー」  ルーファスは女性店員にスリ寄り、口説きにかかった。  その様子に苦笑しつつ、ショーケースを渡り歩いていると、直感にピンっとくる指輪を見つけた。  ホワイトゴールドのリングで、先の尖った細い葉のようなデザインが2枚重なり、ブルーダイヤモンドがセンターに配置され、その周りにブルーサファイア、ブルートパーズ、アクアマリンのメレが、左右に3個ほどグラデーションのように散りばめられていた。 「これがいいです」  青い色が大好きなキュッリッキにぴったりの指輪だと、メルヴィンは確信して大きく頷いた。 「は、はい、ただいま」  女性店員はルーファスの口説き文句に落ちかかっていたが、メルヴィンの声に我を取り戻した。 「なかなかカワイイ指輪じゃない」 「ええ、とても気に入りました」 「これなら、キューリちゃん大喜びだよ」 「オレもそう信じてます」
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