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ライバル出現?
首都ムルトネンは、南と北に海、東と西に山に囲まれた街である。
この街の住宅地は、それぞれ東西に分かれて建ち、東側の住宅地にメルヴィンの実家は建っていた。
朱塗りの大門を開けて中に入ると、狭い通路を通って庭のような場所に出る。
「お客人か?」
庭の先にある小さな門の前に建っていた男が、長い棒を携え近寄ってきた。
「門番ご苦労様。オレはメルヴィン、父のアリスターに取次をお願いします」
「え? 御子息様ですか!? は、はいっ! すぐに」
男はびっくり仰天した顔で一瞬飛び跳ねると、緊張を貼り付けた顔で回れ右をしてすっ飛んで行った。
「ねえメルヴィン、自分のおうちなのに、自由に入れないの?」
不思議そうな顔で見上げてくるキュッリッキに、メルヴィンは小さく苦笑した。
「15年ぶりなので、家族以外でオレのことを知ってる人ってタブンいないと思うから。それでいきなり入っていったら大騒ぎになるので、一応客人として」
「そうなんだあ…」
キュッリッキにはよく判らない習慣である。
街の建物や人々の服装など、どことなくコケマキ・カウプンキに似ているなとキュッリッキは思っていた。
暫く待っていると、さっきの男が慌ただしく戻ってきた。
「大変お待たせしてしまいました。ささ、どうぞお入りください御子息様」
「ありがとう」
男の後をついて小さな門をくぐると、とても広い庭に出た。
「うわあ~」
長方形の広々とした大きな庭は、ヴィーンゴールヴ邸の庭よりも広い。そして、中央には十字路の石畳が敷かれ、四方のマス目には水が張られて睡蓮の葉が浮かんでいる。
「す、凄い」
庭以上に圧倒されるのは、左右に大きな屋敷がそれぞれ建ち、奥の突き当たりには更に大きな屋敷が建っている。
左右の建物からは、掛け声のような威勢のいい声が絶えず轟いて、武器の打ち合う音がしていた。
「行きますよ、リッキー」
「う、うん」
圧倒されていたキュッリッキは、小走りにメルヴィンの後に続いた。
「師範! 失礼いたします。御子息様をお連れいたしました!」
男が建物に向かって声を張り上げると、少しして背の高い男が姿を現した。
「ご苦労、戻ってよい」
「はっ!」
案内してきた男は礼儀正しく姿勢を伸ばし、きっちり頭を下げたあと、駆け足で戻っていった。
「お久しぶりです、父上」
「15年ぶりか。よく我が家を忘れていたものだ」
メルヴィンの父アリスターは、顔が息子とよく似ており、メルヴィンが歳を取るとこうなる、といった感じでキュッリッキはドキドキとアリスターを見上げた。
「そちらのお嬢さんが、手紙にあった方だね。――遠いところよく参られた。さあ、中へお入りなさい」
柔らかな声で歓迎されて、緊張が最高潮に達しているキュッリッキは、
「ふつつかな嫁ですが、よろしくお願いします!!」
そう、その場に土下座して頭を下げた。
次の瞬間、「ブッ」と同時に吹き出す音が2つ。
「あははははははは」
高らかに愉快そうな笑い声を上げ、アリスターは腹を抱えた。
「リ、リッキー、そんな挨拶しなくていいと言ったでしょう」
必死で笑いを堪えるメルヴィンが、慌てて膝をついてキュッリッキを抱き起こす。
「だって、だって」
顔を真っ赤にして泣きそうなキュッリッキは、メルヴィンとアリスターの顔を交互に見た。
「いや、失礼失礼。礼儀正しい挨拶に、笑うとは失礼なことをした。さあ、妻も待っている」
「入りましょう、リッキー」
鼻をぐすらせながら、キュッリッキは小さく頷いて屋敷の中に入った。
「何故、泣かせているの?」
開口一番、メルヴィンの母ハリエットは夫と息子を睨んだ。
「い…いや、つい笑ってしまってだな…」
「リッキーの挨拶がその、ちょっと仰々しすぎてつい」
「挨拶されて笑う人がありますか!!」
ハリエットは手にしていたオタマで、2人の頭を勢いよく交互に叩いた。
「これだから男どもはまったく! ごめんなさいね、傷つけちゃって」
「……大丈夫なの」
ハリエットの剣幕に、キュッリッキは多少ひいた。
「想像以上に美しいお嬢さんね。初めまして、私はハリエット。愚息の母です」
藍色の髪を高く結い上げ、凛とした雰囲気をまとった、白い肌の細面な美女だ。
「初めまして、キュッリッキです」
大きく鼻をすすったあと、キュッリッキはにっこりと微笑んだ。
「まるで絵画から抜け出てきたような笑顔ね。さあさあ、こちらへどうぞ」
夫と息子を無視して、ハリエットはキュッリッキを食堂に連れて行った。
「お腹すいてるかしら、ちょうどお昼だから、食べながらお話しましょうね」
大きな円卓前にキュッリッキを座らせて、ハリエットは小さな茶器に温かなお茶を注ぐ。
申し訳なさそうな顔で、アリスターとメルヴィンも席に着いた。
「失礼します。おばさま、お料理運びますか?」
「そうしてちょうだい、エルシー」
「エルシー?」
メルヴィンがぽつりと呟く。
「おかえりなさい、メルヴィン兄さま」
黒髪の美人が、嬉しそうに微笑んだ。
「見違えたよ。大きくなったね、エルシー」
「15年ぶりだもの。メルヴィン兄さまは、昔より凛々しくなったわ」
「そうかな。もう30だし、そろそろ老けてくる頃だよ」
メルヴィンがエルシーという娘と親しげな空気を醸し出して、キュッリッキの心にザワッ、と黒いものが漂う。
「紹介するわね。彼女は私の遠縁でエルシーというの。幼い頃から家族同然で一緒に暮らしているのよ。エルシー、この方はメルヴィンの婚約者のキュッリッキさんよ。ご挨拶なさい」
「初めましてキュッリッキさん」
露骨なまでに素っ気ない声で、仕方なくといった表情で言われて、キュッリッキの頬がピクピクと引き攣り出す。
その場に静かな火花が散り、アリスターとハリエットは明後日の方を向き、メルヴィンは首をかしげていた。
「こんにちは、エルシーさん」
腹の底から絞り出すようにようやく言うと、キュッリッキは無理矢理笑みを浮かべた。
「お、お料理を運んじゃいましょうね」
掌を打ち付け、ハリエットは真っ先に台所へ逃げた。
エルシーはキュッリッキを睨みつけ、「フンッ」と鼻を鳴らして踵を返した。
「急にどうしたんだろうエルシー。機嫌悪いコトでもあったのかなあ?」
状況がまったく飲み込めていないメルヴィンに、
「お前のそういう激鈍なところは、まったく治っていないようだな…」
アリスターはゲッソリと息子を睨めつけた。
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