歓迎会

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歓迎会

「はい、メルヴィン兄さま。兄さまの大好きなものばかり作ったのよ」 「ありがとう。さすが料理スキル〈才能〉だね。どれも美味しそうだ」  エルシーから料理の皿を受け取り、メルヴィンはにっこりと微笑んだ。2人の様子に、キュッリッキはつまんなそうに片頬を膨らませた。  キュッリッキの表情に目敏く気づき、ハリエットは手ずから料理を取り皿によそい、キュッリッキの前に置く。 「さあさあ、沢山食べてね。とっても美味しいわよ」 「ありがとう~」  普段の倍以上――キュッリッキからしてみたら――盛られた皿だが、キュッリッキは怯まず果敢に食べ始めた。何せ義母になる人からのすすめである。 「あれ、箸使えるようになったんだリッキー」  感心したようにメルヴィンに言われて、キュッリッキは得意げに胸を張る。 「いっぱい練習したんだよ」  メルヴィンの祖国では箸を使うと温泉旅行の時に知ってから、こっそりと隠れて練習していたのだった。 「あら、箸の使い方を知らなかっただなんて…」  エルシーが皮肉げにボソリと言うと、キュッリッキはムッとエルシーを睨みつけた。 「箸なんて、この国とコケマキ・カウプンキくらいしか使わないですしね」  メルヴィンがやんわりと言い、エルシーはツンっとそっぽを向いた。 「まあメルヴィン、コケマキ・カウプンキに行ったことがあるの?」 「温泉旅行に行きましたよ」 「あの有名なケウルーレに行けたの!? イイわねえ、傭兵って」 「リッキーが美人コンテストで優勝してくれたおかげです」 「それは凄いわねえ」 「えへへ」 「我が家は美しい花が増えて悩ましいな」  盃を傾けながらアリスターがにこやかに述べると、 「見かけだけ増えてもね…」  エルシーのキツイ一言が炸裂した。  ストレートの長い黒髪に、やや細いキリっとした目には藍色の瞳がはめ込まれ、赤くひいた口紅が艶やかなアクセントになっていて美しい。  キュッリッキとは対照的な美貌だった。 「ホラホラ、お酒もどんどん飲んでちょうだい」  静かに白熱しかかる場に焦り、ハリエットはキュッリッキの盃にお酒を注ぐと、手振りですすめまくった。  無言でエルシーを睨みつけていたキュッリッキは、すすめられるまま酒をドンドン飲み干していく。 「ちょっとリッキー、そんなに飲んだら」 「こんくらいだいひょーふらもん…」  ヒックとシャクリ上げ、すでに目は座っていて呂律も怪しい。 「これ度数高いですよ。母上、すすめすぎです…」 「あら…つい…」 「リッキーは普段あまり食べないし、酒も飲まないから」 「それでそんなガリガリなのね」 「キュッリッキさんはアイオン族なんだそうよ」 「ああ、撃沈しちゃった」  椅子からずり落ちそうになるキュッリッキを、メルヴィンは慌てて抱きとめた。 「お酒弱かったのね…、ごめんなさいキュッリッキさん」 「朝からずっと緊張していたから、余計酔いが回るのが早かったのかな」  体重を感じさせないほどの軽い身体を腕に抱き、メルヴィンは苦笑する。 「翌朝まで眠ってそうかな」 「客間を整えてあるから、客間を使ってもらって」 「いえ、初めてきたところに一人で寝かせるのは可哀想だから、オレの部屋で寝てもらいます」 「寝台の広さは大丈夫かしら?」 「ダブルベッドくらいはありましたよね。リッキーは細いし大丈夫です」 「そう。なら、そうしてちょうだい」 「はい」 「彼女を寝かせたら、戻ってきなさい。色々話したいし」 「判りました」  メルヴィンはにっこり微笑むと、キュッリッキを抱いて食堂を出て行った。 「ああ…、疲れたわ…」 「うむ…」  食事会が済むと、片付けはエルシーとメルヴィンに任せ、アリスターとハリエットは自室に戻り、椅子に座り込んで卓上に突っ伏した。 「予想して覚悟はしていましたけど、実際目の当たりにすると疲れるわねえ…あの三角関係な空気の重み」 「だいたい、メルヴィンが”恋愛方面にだけは激鈍”なのが問題なのだ。事態をさっぱり飲み込んでおらん…」 「我が息子ながら、呆れますわ。15年も経っていて、全然学んでいないなんて」  ハリエットは尾が引きそうなほどの、長いため息をついた。  メルヴィンを巡り、エルシーとキュッリッキの火花が散りまくりの凄い状態だった。そんな中、メルヴィンだけが全く気づいていない。 「エルシーを引き取った時、あまりにも可愛がっていたから、てっきり結婚対象に見ているんだと思っていたのに……。妹のように接しても、女としては全く見ていなかったのね…」  身寄りをなくして引き取った時、エルシーは3歳だった。  エルシーはメルヴィンを兄以上に慕い、結婚したいと考えていることは判っていた。数多く寄せられる縁談も、全て蹴っていたからだ。 「身贔屓でエルシーの願いを叶えてやりたいが、あの愚息がすでに自分で伴侶を決めて連れてきてしまったからなあ。それを受け入れるしかあるまいて。激鈍のくせにちゃっかりしとる…」 「そうですわね。――キュッリッキさん、年齢の割に幼そうなところはあるけれど、素直な良い子ですわ。それに凄い美人」 「中々に壮絶な過去を生きてきているわりに、荒んだところが見当たらないな」  キュッリッキを寝かしつけて戻ってきたメルヴィンから、キュッリッキの悲愴な過去を聞かされた。 「胸が締め付けられる悲惨さね…」 「愚息が心の支えになったのだな」 「ええ」 「我々の娘になるのか」  感慨深げに呟いたアリスターの顔を見たハリエットは、 「あなた、鼻の下が伸びてましてよ」  そう、冷静にツッコんだ。 「ぬ…」  アリスターは慌てて表情を取り繕う。 「孫の顔が楽しみね」
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