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アタシだけを見てね
キュッリッキは目を覚ますと、重い瞼を擦った。
「……あれぇ」
記憶が定かではなく、見上げる天井は見慣れない。暫く視線を泳がせていると、隣にメルヴィンが寝ている。
身体をメルヴィンの方へ傾けると、こちらに顔を向けているメルヴィンの顔をジッと見つめた。
(メルヴィンの寝顔、きれい)
ハンサムで綺麗で、それでいて男らしい凛々しさがある。
戦闘の時、武器を構えて敵を見据える表情は、キリッとしていて見蕩れてしまう。でも、自分に向けてくる表情はどこまでも優しく、それが嬉しくてしょうがない。
段々と昨日会ったエルシーのことを思い出し、キュッリッキはムッと頬を膨らませた。
(アタシの知らないメルヴィンを知ってる女。兄さま、なんて親しげに呼んだりして、なんか気に入らないかも)
メルヴィンもエルシーに親しげな表情を向けるのだ。それはとても不安になった。
(メルヴィンはアタシだけのものなんだよ、アタシだけのものだもん!)
家族というものを知らないキュッリッキにとって、メルヴィンの両親とエルシーは違和感の何者でもない。ようやくライオン傭兵団を家族と認識してきたばかりだ。
これから自分もあの中に加わることになる。でも、まだ素直に受け入れられない。
キュッリッキは身体を起こし、メルヴィンの胸に顔をうずめた。
(メルヴィン大好き! アタシだけを見ててね、絶対アタシだけを見てね!)
昨日感じたモヤモヤを打ち消すように、心の中で必死に訴える。エルシーではなく、自分だけを見て欲しいと。
「おはよう、リッキー」
キュッリッキは顔を上げると、優しく微笑むメルヴィンの目と合う。
「メルヴィン」
小さく名を呟き身体をずり上げると、自らメルヴィンにキスをした。
突然のことにびっくりしたメルヴィンは、目を瞬かせると、キュッリッキの身体に腕を回し強く抱きしめた。
「どうしたんですか? とっても嬉しいけど」
「メルヴィンはアタシだけのものだよね?」
「はい」
「アタシだけを見てね」
「はい」
「絶対だよ」
不安げな顔で見てくるキュッリッキを安心させようと、頭を優しく撫でた。
「信じてください」
「うん…」
「昨日は無理にお酒を沢山飲ませてしまってすみません。頭は痛くないですか?」
「痛くないよ」
「よかった」
「アタシ、酔いつぶれちゃったの?」
「ええ」
すすめられるままムキになって飲みまくっていたことは、覚えていないようだ。
「あーあ…いきなり醜態晒しちゃった……。なんか、幻滅されちゃったかも」
「そんなことありませんよ。とっても気に入ってくれたようだし、オレたちの結婚に反対もしてません」
「ホント?」
「はい、本当です」
「よかったの…」
安堵してメルヴィンの胸に頬を押し付けた。
「リッキーが結婚するのはオレなんだから、あまり気にしなくていいんですよ。いつものリッキーでいてくれれば」
「うん…」
メルヴィンと結婚すれば、メルヴィンの家族とも繋がりを持つ。住む国は違えど、エグザイル・システムを使えばすぐの距離だ。
ライオン傭兵団以外で、キュッリッキにとって最も身近な存在になる人たち。
嬉しいというより、正直、気が重いのだ。
「これから時間はたくさんあります。ゆっくり馴染んでいきましょう」
「うん、そうだね」
これからメルヴィンと一緒に築いていく未来は、まだスタート地点に立ったばかりだ。メルヴィンの家族のことも、これから歩んでいく未来の一つに過ぎない。
もう独りじゃない。メルヴィンという最愛の伴侶と共に、未来へ向かうのだ。
マイペースで受け入れていけるよう、キュッリッキは心の中で目標の一つに刻んだ。
2人は着替えて食堂へ降りていくと、ハリエットだけが席についてお茶を飲んでいた。
「おはようございます母上。父上とエルシーは?」
「おはようメルヴィン、キュッリッキさん。――具合はどう? ごめんなさいね、あんなにお酒を飲ませるなんて」
「大丈夫なの」
やや緊張した面持ちで、キュッリッキは俯いた。
「お父さんは道場で弟子たちと朝の訓練中。エルシーは弟子たちの朝ごはんを作りに行っているわ」
「そっかあ、エルシー大変だね」
「とても助かっているわ。料理スキル〈才能〉持ちだし、みんなエルシーの料理を喜んでるのよ」
「うん、昨日の料理美味しかったです」
「私たちの朝ごはんも用意して行ってくれてるわ。キュッリッキさん、お腹すいてる?」
「…えっと」
全然すいてないが、無理して食べたほうがいいのかキュッリッキは迷って言葉を濁らせた。
「粥なら大丈夫だと思うの。一口だけでもどうかしら」
「はい」
「すぐ持ってくるわね。メルヴィンは普通に食べるでしょ?」
「ええ」
メルヴィンに席をすすめられて座りつつ、
(こういう時は、お手伝いに行ったほうがいいのかな…)
何せ、近い将来メルヴィンの嫁になるのだ。
キュッリッキがソワソワしているのを見て、メルヴィンは「ぷっ」と吹き出した。
「運ぶのを、お手伝いしてきてください」
「う、うん!」
跳ねるように椅子から立つと、キュッリッキは脱兎のごとく台所に消えていった。
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