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それぞれの本当の気持ち
元きた道を戻りながら、イライアスはキュッリッキの気が紛れるように色々な話をしてくれた。
「アリスター様は、この国の評議委員のお一人なのです。国政は評議委員の合議で動いています。そして貿易もまた評議委員に管理され、睨まれたら表も裏も商売が成り立たない。なのでさっきの三下たちも、アリスター様の名前の前では意地を通すことはしません」
「自由都市とちょっと似てるね」
「ええ。エグザイル・システムがあるおかげで『国』としての体裁を持っていますが、基本的には自由都市と変わらないんです」
「……ひょっとして、メルヴィンって王子様みたいな感じなのかな」
キュッリッキの呟きに、イライアスはクスッと笑った。
「そうですね、お坊ちゃんであることは確かですが、概ねあっていると思いますよ。帰ったら『殿下!』って言ってみては」
「あはっ、メルヴィンびっくりしちゃうね」
言われて目を丸くするメルヴィンを想像し、二人は吹き出すように笑った。
暫く笑ったあと、イライアスは真面目な顔になる。
「エルシーのこと、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「イライアスさんのせいじゃないよ。そんな謝らなくっても」
キュッリッキは慌てて両手を振る。
「いえ、一族の者として、貴女にはきちんと詫びねばなりません。メルヴィンが好きなあまりに出た行動ですが、意地悪はよくない。貴女はいずれ我々の家族になるのだから。エルシーにはあとでよく言って聞かせます」
「ふみゅ…」
家族になる。その言葉にキュッリッキの表情が曇った。それを目敏く見て、イライアスは優しく微笑んだ。
「不安ですか?」
「……不安っていうか、あんまりピンっとこないの。アタシ、孤児だったし」
「そうでしたか…」
二人は黙り込み、歩調もやや緩慢になる。
「私はエルシーが好きです。子供の頃からずっと、好きなんです」
そっと囁くようにカミングアウトされ、キュッリッキはイライアスをじっと見つめた。
「メルヴィンが婚約者を連れて帰国すると連絡を受けたときは、それはもう握り拳でガッツポーズを作ったくらい嬉しかったですよ。しかしエルシーが大泣きしているところを見たときは、心中複雑になりました」
(そりゃあ…そうなっちゃうよね…)
キュッリッキは口には出さず、心の中で思った。
「子供の頃からアタックはしてきましたが、まるで相手にされません。メルヴィンほど恋愛に鈍くはないけど、情けないことにやや奥手で…。振り向かせられないのは、エルシーに気を使っているからなどと、自分に都合のいい理由をつけてきました」
フウッ、とせつない溜息を吐き出す。
「しかし今回のことで、私は勇気を出さねばなりません。――キュッリッキさん」
「は、はいっ」
「幸せな夫婦が二つ出来るよう、お互い頑張りましょう」
にっこり微笑まれて、キュッリッキは苦笑したあと、ニッカリと笑い返した。
メルヴィンの生家に近づいたとき、足元をトコトコ歩いていたフローズヴィトニルが、酒樽や酒瓶の入った箱が積まれた一角に走っていった。
「どうしたの、フローズヴィトニル?」
「ねーねーキュッリッキー、ココにヘンなのがいる」
「ヘンなの?」
「ほら、ココ、ココ」
小さな前脚で示されたところを覗き込むと、小さなウサギが蹲っていた。
「可愛いウサちゃん! ホラ、こっちにおいで」
キュッリッキは手を伸ばし、ウサギを掴んでもう片方の掌に乗せる。
「どうしました?」
「見てイライアスさん、可愛いウサちゃんだよ」
垂れた耳と鼻ぺちゃがキュートな、茶色の毛をした子ウサギだ。
「ドコかの店から逃げ出してきたのでしょうか」
「乱暴な店主から逃げてきたらしい。見つかったら殺される、と言っている」
フェンリルがキュッリッキにしか判らないように言う。
「フェンリルってウサギの言葉判るんだ。逃げてきたんじゃ、アタシが守ってあげなきゃだ」
「あの…、誰と話をしているんでしょう…?」
物凄く怪訝そうに言われて、キュッリッキはハッとなる。
「こ、この子たちがそう言ってるように思っただけ、かな」
足元のフェンリルとフローズヴィトニルを示し、誤魔化すように笑う。
「そう、なんですか」
イライアスは無理矢理自分を納得させるように微笑んだ。
キュッリッキの腕に抱かれた子ウサギは、ブルブルと怯え震えていた。
「もう大丈夫なんだよ。怖くないんだからね」
安心させようと、小さな頭を優しく撫でてやる。
「メルヴィンのおうちに連れて行っても大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。さ、帰りましょう」
「うん」
「リッキー!」
広い中庭に出ると、メルヴィンが血相を変えて駆け寄ってきた。
「心配しましたよ、どこへ行っていたんですか」
「貴方が責めることではないですよ、メルヴィン」
キュッリッキが口を開くより先に、イライアスがピシャリと言った。
「…イライアスですか? 久しぶりですね」
「15年ぶりになりますか。相変わらず恋愛方面には激鈍で、ホント困った人だ」
「はあ…?」
いきなりのことに、メルヴィンは鼻白んだ。
「そしてエルシー!」
後方で怪訝そうにこちらを見ていたエルシーに、イライアスが声を荒げる。
「キュッリッキさんに謝りなさい!」
「なっ、何故私が謝らなくちゃならないのよ」
「先ほどの態度はあまりに彼女に対して失礼極まる。メルヴィンも気が回ら無さ過ぎる。彼女が傷つけられ、傷つけたことにさえ気がついていない」
「リッキー…」
「アタシは大丈夫だよ」
イライアスの剣幕にちょっと驚いていたキュッリッキは、メルヴィンに苦笑ってみせた。
「エルシー!」
「イライアスには関係ないでしょ! 私はね、メルヴィン兄さまのことが大好き、こんないきなり現れた女に持っていかれるなんて、心底我慢できないわ!」
「もう決まったことだ」
「私は認めてないわ! こんな女、兄さまには相応しくない、兄さまに相応しいのは私だけよ!」
顔を怒りで真っ赤にし、エルシーは両拳を握り締めて叫んだ。
「貴方は態度をしっかり示すべきだ。エルシーと、そしてキュッリッキさんに対し、貴方の気持ちをここできちんと言いなさい」
真摯に見つめてくるイライアスに、メルヴィンは神妙に頷いた。そして、ハラハラ様子を見ているキュッリッキの手を握る。
「エルシー」
キュッリッキと2人でエルシーの前に立ち、見上げてくるエルシーの目をしっかりと見据える。
「キミがオレのことを兄以上に慕ってくれていることには、正直驚いた。でも、キミの本当の気持ちを知っても、オレは受け入れることはできない」
「何故なの!?」
「リッキーを愛しているから」
「ウソっ!」
「オレの生涯をかけて、リッキーを愛し、守りぬくと誓ったんだ。リッキーに対しても、そして、今はもうこの世にはいない人たちにも…」
亡きベルトルドとアルカネットにも誓った。
「エルシーのことは、妹としか見ていない。だから、キミの気持ちをオレは受け入れられないんだ」
「いや、そんなの、イヤッ!!」
叩きつけるようにエルシーは叫ぶと、身を翻して屋敷の中へ走り去ってしまった。
「メルヴィン…」
「いいんですよ」
「そう、エルシーのことは私に任せてもらいましょう。私は彼女の伴侶となることを決めていますから」
「え、そうなんですか!?」
「そうですよ、昔からね。本当に貴方は激鈍です…」
やれやれ、と肩をすくめながら、イライアスは屋敷に入っていった。
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