フツウ

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フツウ

ーー合コンで渋谷なんて普通過ぎじゃない?行きやすいから良いんだけど。やっぱり普通男子と知り合うには普通の場所で普通な会話して普通に盛り上がるしかないのか?ていうか、あたしにそれってできるのか?まぁ、できなかったらできなかったでいいっか。何か減るわけでもないし。  休日夕方の渋谷駅前は窒息しそうな人集りがあちこちにある。歩くのにもコツが必要だが、目の粗い黒タイツに、高いヒールの靴を履いた女性は慣れた足取りでスイスイと群衆を避けてどこかに向かっていた。目的地の位置を大体は把握しているのか、迷い無くセンター街の中腹まで早足で歩いていたが、詳細な場所は艶消しされたカバーのスマートフォンが教えてくれているようで、時折手元に目を落としている。  スモーキーなスマホの持ち主の髪は入念に脱色され、その上から白みがかった金色に染められている。長さはうなじが隠れるほどだが、毛先の長さは多少散っている。肌もその髪色に呼応するように白いが、どこまでが地肌の白さで、どこまでがファンデーションのそれなのかは判別がつかない。  首から下は真っ黒けのようでありながら、カバンやベルトなど所々に赤の差し色が入っており、黒光りしたヒール靴にも少しの汚れも付いていない。ここが原宿ならばスナップを撮られるくらいには均整の取れた、且つ様になった格好をしている。  足運びから不安げなものは感じられなかったが、当人の表情からは少しばかり緊張が見て取れる。目尻は普段より少々つり上がり、眉間に薄くだが皺が寄っている。頬紅が上気させているように見せているのか、本人の高揚の所為なのか、いずれにしても頬は少し赤みがかって口元は真っ直ぐに結ばれていた。  目的地の入った雑居ビルの前に立ち、よしっ。と何かを意気込んだ様子で店内に入って行った彼女だが、この居酒屋はそのような気取った女子であろうが、ヨレヨレのスーツのサラリーマンであろうが全ての者を受け入れる普通のチェーン居酒屋である。案の定店内はまだ17時半にもなっていないのに大半の席が大学生達で埋まっており、大層賑わっている。大方サークル終わりの流れで来たのだろう。あちこちの空いているスペースにギターケースだったり、大学のロゴが入ったスポーツバッグが置いてある。  そのような集団のテーブルを横目に、落ちている枝豆の殻を踏まぬように奥に進むと、見慣れた顔の女性が一角に座ってスマホをいじっている。 わざと気づかれるように横まで進み、口元だけで笑みを作りながら彼女は言った。 「千砂(ちさ)が時間前に着いてるなんて奇跡としか思えないわ」 緊張を悟られぬように軽口を叩いた彼女だが、千砂と呼ばれた相手の上げた顔からも気づいた様子はない。 「私が遅れたら流石に朱里(あかり)さんといえどもテンパるでしょー!それも見たかったかもだけど!」  軽口には軽口で対抗してくる相手に、朱里も少し弛緩したのか、千砂の隣にスカートのプリーツが乱れぬよう整えてから、息を吐きながら腰掛けた。 「本当に″普通の男子″が来るんでしょうね?」 「もちろんだってー。かっちゃん、あ、今日来る先輩ね。かっちゃんにめっちゃ草食男子希望って言っといたから!ていうか朱里、気合い入ってない?今日の服」  張り切っていることを指摘された朱里は戻りかけた頬を再度紅潮させた。 「気合いなんか入るかっつうの!普通の男が来るだけでしょ!?パンピーよ?ていうか、草食男子希望なんて言ってないし!歪曲してリクエストすんなよ!」  まくし立てた彼女自身も図星を突かれたバツの悪さから焦って言葉を続けたことに気づいていたが、千砂も当然それをわかった上でわざとらしい微笑みで言った。 「まぁまぁ。SNSでは下ネタ上等の埒外美人のKARINさんが、普通な男の子と知り合いたい、恋したい……なーんてウブなこと言うから、こっちも本気出して知り合いに声掛けたのに、張り切られてなかったらそれはそれでムカつくからそれで良いんだけどね!あと朱里が言う普通男子って世の中では所謂草食系でしょ?若しくは犬系男子?まぁ似たようなもんでしょ。」  尚も千砂から笑みはこぼれていたが、これ以上の否定は無駄と観念したのか、またはある程度は認めざるをえないと踏んだのか朱里は溜め息混じりに電子タバコを咥えた。 「あれ?既に千砂がいるとかミラクルかよ?」  不意に男性の声から聞き慣れた友人の名前が聞こえ、咥えたタバコを落としそうになった朱里が顔を上げた先にはスーツ姿の男。そしてその少し後ろには茶色い犬のような、ネルシャツを着た″男の子″が立っていた。
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