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いっしょうもの
殺されるなら、好きな人がいい。
そうして、一生その人のこころの中に居座る。たとえその人が他に最愛の人を見つけて幸せになったとしても、そのこころの片隅には残れるでしょう? 自分が手を掛けた相手なんて、そうそう忘れられないと思うの。
ふいに呟かれた言葉に耳を疑う。抑揚は無く、しかし歌うように滑らかに紡ぎだされた言葉の意味は俄には理解できず、豆鉄砲を食らったように呆けた顔を声の主に向けてしまった。そうする内に消化された言葉は確かに自身が殺されると言う前提の下で語られたていた。
「でも、そこにあなたはいないじゃないですか」
やっとのことで返せた言葉は、ひどくつまらなく、幼稚なものに思えた。気の利いた返しが出来ない回転の遅い頭に苛立ちを覚える。
「それに、絶対に忘れない確証なんてないし、それを確認することも出来ない。そもそも、それだと好きな相手に嫌われてるじゃないですか」
なにか言わなくてはと畳み掛けてみたが、競って出てくる言葉はやはり幼稚な反論にしか思えず、それでも死に向かっている思考を逸らそうと必死だった。とりあえず、やっぱり殺されるのはやめようか、と言って光と笑みを湛えた瞳を向けて欲しい。
「でも、やっぱり一番怖いのは無関心だから。もちろん好きでいて貰えるに越したことは無いけど、人間、負の感情の方が安定してると思わない?」
求めた瞳と共に与えられた言葉は裏腹で、事も無げに発せられるそれが純粋なこの人の価値観なのだと悟る。それでも、死を望むような発言はやはり受け入れ難く、出来ればはっきりと撤回して欲しかった。
「そんなこと言わないでください。絶対そんなことないし、そもそも、先輩が先輩を殺したくなるほどの恨みを買うことなんて絶対出来ませんから」
半ば癇癪を起こしたように言い放てば、返って来たのはぐずる子どもをあやす子守歌のような「ありがとう」
こちらの気持ちなんて一ミリも伝わっていないし、この人の言う「殺されたい人」にきっと自分はなり得ないのだろう。
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