escape……

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escape……

 禍々しい扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。 「この扉の向こうに大魔王が……。準備はいいか?魔法使い」 「エスカペ」 ~♪ 「……え?」  魔法使いの声と同時に青色の炎が灯る魔王城の景色が一変、陽気な日差しが指す草原に俺と魔法使いの身体が移動した。 「……」 俺の隣で、魔法使いが無表情のまま俺を見つめる。 「いや……え?」 「ん?」 俺の戸惑う表情をみて、魔法使いが小さく首を傾げた。 「いや、今呪文唱えたよね?しかも、よりにもよってダンジョン脱出魔法……」 「……え?ああ、危ないところでしたね、勇者さん」 「……え?何が?」 「いや、だって見てくださいよ」  ほら、と言わんばかりに魔法使いは持っていた道具袋の口を広げ、俺に見せつけた。 「薬草が切れてますよ。あのまま魔王と戦ってたらと思うと……。町に戻って買い出しに行かないとですね」 「ええ……」  冗談を言ってる様子ではなさそうな魔法使いの表情に、思わず俺の視界が真っ暗になりかける。 「いやさ、序盤のダンジョンじゃないんだから……。てか、薬草なんてもう長いこと使ってないでしょ……。俺もお前も回復魔法だって使えるし」 「ん?そうでしたっけ?」  そうでしたっけって……。  あれー?という様子で魔法使いが視線を逸らす。 「まあでも、毒消しもエーテルとかもないですし――」 「そんな序盤に使う道具なんてもう必要ないでしょ……。ほら、馬鹿なこと言ってないでもう一回魔王城はいるぞ」  そう言葉を残して、俺は魔法使いに背を向けた。 「あ、ちょっと待ってくださいよー」 *   *   *   *   * 「ふぅ……」  禍々しい扉の前に立ち、深く息を吐く。 「疲れましたね……」 「ほんとにな……」  魔法使いの言葉をため息交じりに答える。   「……よし、今度こそ魔王に挑むぞ。そして世界の平和を取り戻す!準備はいいな、魔法使――」 「エスカペ」 ~♪ 「……」 「……」 「……え?いやいやいや、だから何してんの?何してんのお前ッ?」 「う~ん……勇者さん、私思ったんですけど、ちょっと私たちの装備って魔王に挑むには心もとない感じしません?」  魔法使いは着ているローブを親指と人差し指でつまみ、顔をしかめながら不服そうに見つめる。 「いや、俺の装備……なんか伝説の装備だし、精霊の加護とかで自動でHPも回復するし……」 「ああ……そうッスか」  魔法使いが呆れたように小さく溜め息を吐いた。  てか、何その喋り方……。 「いや、それじゃあ勇者さんはいいかもしれませんけど、私の装備見てくださいよほら……このみすぼらしいローブに折れそうな杖」 「いやいや、その杖だって神様から奪ったやつじゃん。それにローブもエルフに世界樹切り倒さして作ったやつだろ?魔力100倍にブレスも魔法も精神攻撃も無効にするって俺より強いじゃねえか」 「うーん、でも物理攻撃に耐性がなくってですね……」 「自分の周りにバリア張っといてよく言うわ……。ほら、馬鹿なこと言ってないでとっとと行くぞ」 「はあ……」 *   *   *   *   * 「はあ……はあ……」  禍々しい扉の前に立ち、激しく肩を動かす。 「流石に一日3回もここまで来るのはしんどいな……。だが、これで本当に最後だ……行くぞ魔法使いッ!」 「エスカペ」 ~♪ 「……」 「……」 「……ん?」 「勇者さん、これあれですよ、レベル上げしなきゃです」  意味が分からないという俺に対し、魔法使いがおもむろに声を発した。 「いや……今???」 「だって相手は魔王ですよ?挑むにはちょっとレベルが足りなくないですか?」 「いやいやいや、何言ってんだよお前。俺もうレベル300だぞ?魔王城の敵だって素手で倒せるくらいなのに、レベル上げなんているわけないだろ。お前だってレベルいくつだよ」 「1200くらいですけど……」 「ん……?」  あ、ほんとだ……。魔法使いのレベルがいつの間にか1200になってる……。  ちょっと意味が分からないけど……まあいいか。 「とりあえず!」 張り上げた大きな声に、魔法使いがビクッと肩を震わせた。 「魔王を倒せば俺たちの旅の目的は果たせるんだぞ。ずっと二人で頑張ってきたのに、急にどうしたんだよ……」 「いや、まあ……それはそうなんですけど……」  魔法使いは俯き濁した言葉をつぶやいた。 「ほら、とりあえず行くぞ」 「……」 *   *   *   *   * 「……」 「あ、あの……勇者さん」  本日4度目の禍々しい扉の前で、初めて魔法使いが呪文以外に口を開いた。 「勇者さんはその……魔王を倒した後のことって何か考えてるんですか?」 「え?いやまぁ、普通に帰るよ……故郷に」 「へ、へぇ……、そうですか……」  魔法使いがローブをの裾をくしゃっと握った。 「ま、まぁ旅の間も言ってましたもんね、故郷に待ってる人がいるって……」 「まぁ……」 「そうですよね、それなら早く魔王を倒してそのカキタレとコーマンかましたいに決まってますよね……」 「いや、何その言い方!お前俺のこと馬鹿にしてんの!?そんな下品な相手じゃないからな?」 「そ、そうですか……。ていうことはやっぱり……か、彼女……とか?」  それまでうつむいていた魔法使いが上目遣いにチラリと俺に視線を向けた。 「ち、違うって、家族だよ家族。妹だって」 「え、い……妹?」 「そうだよ。何勘違いしてんだよお前。別に妹以外、俺には故郷に帰っても親しい奴なんていねぇよ」 「へ、へぇ……妹……。そ、そうなんですね」 魔法使いの顔がほんの少し綻んだ。 「まぁ確かに、血こそ繋がってない義理の妹だけど、俺のたった一人の家族――」 「エスカペ」 ~♪ 「ほんと何なのお前っ!?」 「はっ、まあそりゃ義理の妹ってフラグ立ってりゃ早く魔王倒して故郷帰りたいですわな」 「いや、何の話してんだよ。意味わかんないんだけど」 「ああ!勇者さん、私怖いです」  魔法使いは顔を抑え、唐突にその場にうずくまった。 「急に何!?」 「私、もう魔王に挑むのが怖くなって……一刻も早く宿屋に戻って休みたいです。魔王の瘴気のせいで頭痛と吐き気が……」 「レベル1200が言うセリフじゃないだろそれ……。ほら、マジで行くぞオラ」 魔法使いの襟をつかみ、そのまま魔王城に引きずっていく。 「い、イタイイタイ!ひ、引きずらないでくださいよ。あ、ああ、急にお腹が痛くなって……」 「うっさい!早く来いこら」 「うええええん、勇者さんのばかぁ」 *   *   *   *   * 「次エスカペ使ったら承知しないからな」 「ふぁい……」 「よし、それじゃあ扉あけるぞ。準備はいいか」 「……」  魔法使いが小さく頷く。 「な、なあ魔法使い……。もしその、魔王を倒してこの旅が終わったら……お前も一緒に来ないか?俺の故郷に」 「……え?」 「あ、いや……お前、帰る場所がないって結構前に言ってただろ?その、お前が良ければだけど……」 「……」 「それにまぁ、お前と旅したこの3年間割と楽しかったし……魔王を倒して離れ離れになるのも寂しいっちゃ寂しいし……。その、要するに俺の故郷で一緒に……暮らさないか?」 「ゆ……勇者さん……」  ふいに魔法使いを見ると、その目には目を真っ赤にした魔法使いがいた。 「そ、それはつまり私と……ケケケ、ケッコ――」 「まぁ、ずっと一緒にいてお前ももう俺の妹みたいなもんだしな。妹が一人増えたところでどうってことないさ」 「…………」 「ん、どうした魔法使い?」  何かを諦めたように、魔法使いが呆っとした表情を浮かべる。と思いきや、俺と目が合った魔法使いが満面の笑みを浮かべた。  そんな魔法使いの表情に、俺の頬も少し緩んだ。 「よし、じゃあ扉を開け――」 「エスカペ♡」
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