Sadism Ⅴ

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 半年前の金曜日、私は男と出会った。  行きつけのバーで恋人とウィスキーを楽しんでいると、トレンチコートの男が店に入ってきた。男は私達の隣の席に腰を下ろすと、ラフロイグをシングルのロックで注文する。  男が注文する声は私の耳にも届いたが、特に気にするようなことはない。目の前に恋人がいるのに、見ず知らずの男になど構っていられない。 「なあ、この後、どうする?」  恋人が私に尋ねる。 「別に、いつもどおりでいいよ」 「俺の家にする? それとも、ホテルにする?」 「どっちでも」  私は答えた。  私は別に恋人との仲が悪いわけじゃない。むしろ、一般的なカップルに比べれば、仲は良い方だと思う。  だけど、セックスとなると話は別だ。もともと、私は大してセックスが好きではないし、彼もセックスが上手いとは言い難い。正直に言えば、セックスに誘われたところで、したいとは思わないけど、断るのも申し訳ないと思って、断らないようにしている。  私の素っ気ない返答で、そんな気持ちを見抜かれてしまったのか、彼は少し不貞腐れたような表情を浮かべる。 「今日はそんな気分じゃないってこと?」 「そんなことないよ。あなたとやるのなら、どこでだって幸せだってこと」  私は慌てて否定し、取り繕った。  そのとき、隣の席から、クックックッと小さな笑い声が聞こえてきた。
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