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執着
「蓮君、指名入ったよ。13時に〇〇へ行ってね」
「りょーかい」
事務所の一室で仕事待ちしていた蓮に店長が声をかける。同じ部屋にたむろしている、6人ほどいる他のボーイ達は同じく仕事待ちか、俺のように指名が既に入っていて時間まで暇をつぶしている者かどちらかだ。
今まで雑談していた別のボーイへ、またねと手を振る蓮に俺は声をかけた。
「蓮、また小林サン?」
「正解。なんでわかったの」
「機嫌良さそうだから」
「そう?」
口の端で笑いながら蓮が軽やかに部屋を出ていく。身支度するのだろう。
大企業勤めで部長クラス、高学歴でお金持ちの小林サン、妻子あり。押しと美少年に弱い。
正直言って蓮がなぜあの男を気に入っているのか理解できない。俺も一度相手をした事はあるが、たしかにハゲでもチビでもデブでもないが、かと言ってイケメンには程遠く、大人の風格が漂っているわけでもない。ぼんやりとした顔つきの、印象が薄い、何の面白みもないただの中年男だ。会話をしても人間的魅力も何も感じられず、これは確かに金を出さなきゃヤレないよなと妙に納得したものだ。
いわゆる普通の買春客を除けば客には二つのタイプがいる。視姦、3P、ソフトSMなど金を出さないと滅多にやってもらえない特殊プレイが好きな奴か、金を出さないとヤッてもらえない残念な容姿か性格の奴だ。どう考えても小林サンは後者のタイプだが蓮は気にしていない。いかにも苦労知らずのぼんぼん臭がする、おっとりとした性格が好きらしい。
「笑うよ。あの人の話聞いたら、順調すぎて。俺の人生なんだったのって感じ。生まれながらの勝ち組ってやつ?」
「ムカつかねぇ?」
「あそこまでいっちゃうとねぇ、別に。それに、苦労なんてしないにこした事ないじゃん」
確かに苦労なんてしないにこした事はない。毒親の家を飛び出してきた自分は生活費と大学進学費用のため売り専を仕方なくやっている。貯金が目標金額に達したらこんな所とっとと辞めるつもりだ。同じ頃に入り、ルームシェア仲間となった連もきっかけは似たようなものなのに、この仕事を楽しんでいるように見える。いつまでここにいるつもりなのだろうか。
「蓮、夜までじゃないんだろ?」
「うん」
「夕食作ってやるから食べてくるなよ」
「やった、ありがとう。愛してるー」
ざらり、と胸がうずく。
早く金を貯めてこんな所すぐに辞めてやる。そうして大学に入り、卒業してまともな職につく。
そして、そして__。
俺の視線に気づいた蓮が、「どうかした?」と笑って首を傾げた。
思わず目をそらし、「なんでもねぇよ」と返す。
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