7月、オレゴン、7 a.m.

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7月、オレゴン、7 a.m.

「結婚式を挙げないか」 日曜の朝、冷たいオレンジジュースを飲んで目を覚まし、皿に積み上げられたフレンチトーストを食べていた俺に、同じく隣で食事していたランスがさらりと言った。 ダイニングテーブルの前にある大きな窓からは裏庭が見える。まぶしいほどの夏の日差しが整然と生えそろった芝生をより青々と見せている。スプリンクラーがせわしなく回っていた。 いきなりの事で声も出せない俺を無視してランスは続けた。話を聞くに、ロスには24時間結婚式ができる教会があると言う。昼間は一般的な_ランスはこの言葉が大嫌いだが_適齢期の男女が家族等を呼び式を挙げる事が多いが、夜中は高齢の男女や不倫の末の略奪結婚、同性同士の結婚など、少しわけ有りのカップルが二人だけでひっそりと式を挙げる事が多いらしい。 「どう思う」薄茶色の瞳でこちらを見つめながら彼が聞く。 「いいね。いいと思う」 レゴンからカルフォルニアまで国内便で数時間ほどだ。空港からはレンタカーを借りればいい。 「式、かあ」 俺ができるのか。正直言って少々感動していた。昔から密かに憧れていた事と、それをランスが覚えていてくれた事に。ゲイだと自覚してから自分には無縁だと記憶の隅に寄せていた物事。 「君、そういえば」ランスがふと思い出したようにつぶやく。 「式をする時は両親に報告したいって言ってたんじゃないのか」 「よく覚えてるな!」 思わず赤面した俺を無視して彼は壁時計を見た。 「今7時30分か。日本はまだ夜中では・・・うん、ないよな。よし、今から電話するんだ」 「電話!?」 「Just NOW.」 俺は、What!?と叫んで身を引いた。 大学生の時に両親にゲイだとカミングアウトし猛反対されて以来、彼らとは没交渉になっている。家にいるのが嫌で、大卒後はワーキングホリデーや海外協力隊を利用して海外へ飛び出した。アメリカ人のランスとはそのうちの一か国で出会った。彼に誘われるままアメリカへ渡り同棲を始め、バイトしながら仕事を探し、日本人が経営する小さな旅行会社にツアーガイドとしてなんとか就職し今に至る。日本を出てからゆうに10年以上は経っていた。 「Ya kidding(冗談だろ)!」 「I'm NOT kidding(僕はふざけてなんてない)!!」 怒りを爆発させた俺にランスも負けじと声を張り上げた。 「君は何かとすぐ両親は迷惑に思うだろうとか、世間がなんと言うか、と言って何もしやしない。 彼らにボールを渡すんじゃない。君が、どうしたいか、だ。これは君の問題だろう? 電話するのは君の自由だ。話を聞いてどう判断するかは君の両親の自由だ。報告する事には何の制限もない。 たしかにパートナーの気持ちは大事だが、その僕が問題ないと言っている。 日本は晩御飯の時間だ、彼らも今家にいるだろう。それで一体電話できない理由はあるのか?」 一気にたたみかけた彼に、俺は大きく肩をすくめ、両手を広げて降参の意を示した。議論で彼に勝てた試しはない。 立て板に水、冷静で理論的な話術、全くアメリカ人ってやつは。 俺は席を立ち、ランスの視線を背中で感じながらゆっくりと奥のリヴィングルームへ向かう。壁にかけられている電話の受話器を外した。日本の友人達にはよくかけるから、もう覚えている識別番号と国番号をなめらかにプッシュしていく。自宅の電話番号をかける前に少し指が止まった。実は覚えている。本当は今までに何度もかけようとしたのだ、何度も。 番号をプッシュし終わり、遠く離れたコール音と共に心臓の音がはねあがる。 元気? 俺、結婚式を挙げるんだ。 みんなうまくやっている。 今、幸せです。 何と言ったらいいだろうか。頭がぐちゃぐちゃでまとまらない。 2回目のフレンチトーストを焼いているのだろう、フライパンをかちゃかちゃと言わせる音と、ランスの鼻歌が聞こえてくる。 とりあえず、ものすごく最高な奴と結婚する事は確かだ。
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