今どきの死神

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今どきの死神

「アイツさえ、アイツさえ居なければ、俺が社長になれたのに……」  帰宅した俺は、外で堪えていた言葉を吐き出し、部屋の明かりをつけた手をテーブルに振り落とす。  椅子に腰を下ろして、うなだれていた。冷蔵庫のドアがひとりでに開き出す。  冷蔵庫の中から高校生くらいの女が出て来た! 黒い尖がり帽子を被り、同色のロングドレスのような服を着ている。揺れる長い髪を気にしながら、手で整えていた。  スカートを手で軽く押さえながら、冷蔵庫のドアを素足で蹴り、閉める。 「な、何だおまえは?」 「驚かせちゃったらゴメン。あたし死神ぃー! すさまじい殺気を感じ取って、慌てて地獄から、やって来ちゃいました」  死神? 人の家に上がり、冷蔵庫の中に隠れていたのだろう。恥知らずなコスプレ泥棒女め。怒声を浴びせてやった。 「死神だと、馬鹿らしい。警察呼ぶから待ってろ」 「証拠を見せたげる」  コスプレ女が、天井を指差す。テーブルの上では、山盛りになったドクロがある。これでもかと、どこからか落ち続けている。天井を見上げても、細工はない。何もない空間からドクロが現れているのだ。俺は恐怖で床を転げ回りながら叫ぶ。 「し、死ぬのは嫌だ! か、帰ってくれ」 「オジサンを殺しに来たんじゃないってば。天寿を全うした後に魂をくれるんなら、なんでも願いかなえてあげる。オジサン、おとなだから意味分かるよね?」 「帰って! どうかお引取りください。死後の世界があるんですね。魂はやれません。」 「あ! 死後の世界あるって言ちゃった。だからあたし……、最近ノルマ達成できないんだ……」  死神は、しゅんとして下を向いてしまった。床に体育座りをしている。だが、俺の肩を細い指でつまむ。体温が伝わりそうな距離で唇の端を上げていた。 「お客じゃなくて、お客さまから、断られる理由を教えてくれたお礼として、オジサンの憎い相手に、仕返ししてあげる」 「アイツを殺してくれ」 「ゴメン、あたしの目の前で死んでくれないと、魂を奪えないの。オーダーが、『し返し』ならそうねー。オジサンに100倍になって返ってくるだけだよ」 「じゃあ、アイツに1日痛みを与えたら、俺は100日苦しむの?」  死神は瞳を輝かせながら、うなずいている。 「あったま良いー! 同じ1日でもね、でもね、オジサンが100倍の痛みを感じるのでもオッケー。こんなこと思いつくなんて、あたし、天才かも」  頬に指を沿えて、ひとりで満足顔をしていた。間延びした死神を、利用できないか興味が湧く。 「本当に俺の魂は奪わないんだね?」 「あたしバイト待遇だしー、目の前で死んでくれないと、魂を奪えないしー。単にオジサンに100倍になって返ってくるだけー」  軽いノリでしゃあしゃあと言いやがって……、ふとアイデアが思いつく。 「あくまでも仮の話だけど、アイツに1億円やったら、俺に100億円が貰えるのかな?」 「あっ、そーなるよね、でも、庶民みたいに100万円じゃなくて、100億なのは、お金持ちな会社の偉い人の発想!」  死神は目を丸くしながら、尊敬のまなざしで俺を見つめた。 「じゃあ、アイツに現金で1億円やってよ」 「オーダー入りました!『アイツに現金で1億円やってよ』です」  死神は体重がないかのような軽やかさで小走りをし、冷蔵庫のドアを開けている。冷蔵庫の中に叫ぶと、不気味な黒い円盤状のモノが天井で回転している。  死神は、開いた冷蔵庫のドアに手をかけている。顔だけを俺に巡らせ、声を弾ませる。 「アイツって人に現金1億円送ってやったよ」 「俺への100億円は?」 「そろそろ来るはず。あっ、来た」  誰かの意思で動かされているように、俺の頭上へ黒い渦がやって来た。大量の一万円札が、吹雪のように舞い散っている。  俺の体はうずたかく積もる一万円札に囲まれる。身じろぎもできない。視界が一万円札で遮られ真っ暗になる。ポキッ! と頭から乾いた音がする。意識が遠のいて行く。最期に死神の甲高い声が聞こえた。 「やったー。目の前で死んでくれた!」(完)
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