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無名の剣客、九州の地に立つ
無名の剣客、九州の地に立つ
天正十八年(一五九〇)三月、筑前国名島城下の満開の桜は海風に巻き上げられ、その花弁を散らしつつあった。
城下の小早川家剣術指南役・岩見重左衛門屋敷では、歳若な兄弟が一心に剣を振るっていた。二人とも歳は若いが、幼少から仕込まれたものと見えて、振りは鋭くとも柄頭は下腹の手前でぴたりと止まり、見事に腰は落ちている。
しばらくすると、弟らしきやや小柄な少年が、兄らしき方に声をかけた。
「なあ、重蔵兄。今頃、父上はどうしておるじゃろうのう? ご無事でおられるじゃろうか……」
「何、心配することはあるまい。今度の戦は、関白殿下の天下一統の総仕上げだということじゃ。小田原城は天下に名を知られた名城とはいえ、日の本中の軍に囲まれては、これといった合戦も起こるまいよ。ふふっ、まあこれは、父上やご同輩の話の受け売りだがな」
兄と思しき年上らしい少年は、くすりと笑った。
「いずれにせよ、俺も連れていってもらいたかったが……」
やや年嵩の少年の声が落ちた。
「何の。まだこれから、いくらでも機会はあろう。我らは、我らのなすべきことをなそうぞ。そうじゃろう? 重蔵兄」
弟は声を励ます。
「何やら励まされてしまったな。確かにその道理じゃ。重太郎、やるか組太刀を!」
兄も気魄を声に込め、弟を稽古に誘った。
「応!」
弟も快活に答えた。
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