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―傾城とはよく言ったもんじゃな。
自分の心の揺らぎを見つめ、可笑しさが込み上げてきてくすりと笑い、小石を一つせせらぎにこつんと蹴り込んだ。
「……?」
気付くと疎林の中から何者かが声をかけてきている様子だった。
「お武家様。お武家様……」
物思いに耽っていたせいで気が付かなかったが、しばらく前から呼びかけられていたようだった。
「何じゃ? 何用か」
問うと、二人の若者が木陰から姿を現した。
「少し相談したいことが……。そこの水車小屋までお願いできませぬか?」
「よし、参ろう」
水車小屋では灯りが漏れぬよう、蝋燭一本のみで灯りを囲んだ。若者たちは吾作と太助といい、村の者であるという。
「先ほど見なすったあの人出、祭りだというのに静まり返って、さぞ不審に思われたでしょう?」
「ああ、狒々神に供物を捧げるとかいうあれか」
「それが……その供物が問題なんで」
「?」
「六年前から神隠しやかどわかしを止めるために、吉田様が神主と相談して始めた村の仕来たりなんですが、唐櫃に入れて神様に捧げるのが、その年に十七になる娘なんです」
「馬鹿馬鹿しい。それでそこに村長や神主が、夜這いに行くとかいう話じゃあるまいな?」
「いえ、そうじゃないんで。供物にされた娘は、本当にそれっきり姿を見せなくなるんで。本当に居なくなってしまうんでさ」
「それは面妖な。誰か、確かめようという者は居なかったのか?」
「村長の吉田様や神主様にはきつく止められていて。でもうちら、去年こっそり覗きに行ったんだ。そうしたら、本当に六尺もあるような狒々神様が居って、全身白い毛に覆われてて、五寸もあるような牙が生えておって、腰抜かしちまって……」
「……俄かには信じ難い話だが」
重太郎は釈然としなかったが、若者二人は口々に言った。
「でも今年、贄になるのは、俺たちの幼馴染みのはるだもんで、何とか助けてやりてえんだ」
「村に祟りがあるのも困るけんど……」
何故祟りが起こるのか、村長や神主は何を知っているのか、細部が不明瞭で曖昧でありながら、妙に狒々の姿が生々しく現実的に見えていたりと、奇妙な話ではあったが、重太郎は決然と言い切った。
「祟りなんぞはない。お主らの見たような化け物がもし実際に居って、贄を取らねば祟るというのなら、それは文字通り、化け物じゃ。斬り捨てるべきもので、神ではない。神なら衆生を救うものじゃ」
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