大坂へ、そして暗中模索の日々

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 疲労感と出血で身体が重い。暫時目を閉じて、呼吸を整える。 「岩見様、ありがとうございました。事は終わったようですな」  不意に声をかけられ、驚いて振り向き身構えると、村長の吉田又衛門と神主が松明を手に、山の獣道から降りてきたところであった。 「あんたがた……」  松明に照らされるその表情は、これまでと違い、沈鬱なものだった。 「倅と、言葉を交わしましたかな?」 「あぁ、乱波の仲間に入っていたらしいな」 「その通りです。しかし、倅は殺生に淫するようになったのですな。結局、乱波の仲間でも持て余されることになり、追い出されて、この村に戻ってくることになったのです。何食わぬ顔で我が家の跡取りとして暮らし始めましたが、病は深まっており……。結局、私が気付いたときには、もう数人の村人を手にかけておりました」 「……」 「そこで、倅はまた立身のために出て行ったことにし、我が家の分家であるこの神主と相談のうえ、毎年村から娘を差し出す代わりに村の者に手を出させないよう、言い含めたのです」 「勝手なことを……。娘を奪われた家族には、そのような言い訳は通るまい」 「解っております。我々親子は許されないことを致しました。いつかはこうなることを、望んでいたのやもしれませぬ」  松明に照らされる村長の姿は、いつの間にか下半身が朱に染まっている。 「おい! あんた腹を……」 「無論、こんなことで許されるとは思っておりませぬ。しかし……せめてもの……。我が家の累代の土地も娘たちの遺族に……」  陰腹を切っていた吉田又衛門は、ゆっくりと膝をつき、前にのめった。  神主はただ、死にゆく者を前に手を合わせている。  重太郎は立ち尽くし、胸中を寂寞とした風が吹き抜けるに任せていた。  一月程の村での養生で概ね傷も癒え、重太郎は西へ発った。梅雨も終わったのであろうか、日差しが地面や人を刺すように照りつけている。  狒々神様の後始末は吉田家の神官が上手くやったようだ。年経た大狒々は、売り出し中の剣客・岩見重太郎が退治し、村長・吉田又衛門は重太郎の加勢をしようとし、争闘に巻き込まれて死んだということになったらしい。重太郎にはもうそれについて、あれこれと言う気はなかった。  狒々のねぐらからは、女の物と思われる多くの人骨や、その娘たちの物と思われる私物、供え物の残骸が発見されたという。その中には、家族の者が持たせたのであろうか、守り刀のような懐剣もあり、狒々が毛皮の下に籠手など仕込んでいたのも、娘に手向かいされて傷を負わされるか、手こずったためであろうと重太郎は想像した。  いずれにしろ犠牲になった人々のことや、親心といえば聞こえは良いが、吉田一族の身勝手な行動について考えるとき、重太郎は胃の腑に、どす黒い澱が溜まるような気分に襲われた。 ―一度伯父上の家に、辻に会いに帰ろう。  身体の傷ではない、心のささくれを癒すのには、そうするのが一番良いと思われた。
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