大坂へ、そして暗中模索の日々

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 一方で慶事というべきか、重太郎を驚愕させる事件も妹・辻の口からもたらされた。 「兄上、少しお話したき儀がございます」 「何じゃ、改まって……」  いきなりの妹の畏まった切り出しは、重太郎を困惑させた。 「実は、縁談を、申し込まれているのです」 「そ、そうか。何にせよ、めでたいことではないか」  重太郎からすれば、子供にしか見えない辻であるが、十五という年齢を考えれば、そろそろその手の話がきてもおかしくはない時期である。  できるだけ内心の動揺を気取られないよう、言った。 「して、お相手はどなたなのじゃ?」 「鷹匠頭の堀田一継様でございます」 「言っていることが、よく解らんな……。堀田様は、伯父上と同じぐらいの齢ではなかったかな?」 「はい、その堀田様です」 「馬鹿な。あの男、独り身ではあるまい」 「いえ、独り身でございまして。ここ最近は、よくこちらに贈り物など持っていらっしゃるのですよ」 ―鷹匠頭の堀田殿の贈り物だと?  重太郎には思い当たる節があった。以前京、大坂を行き来していた頃には居なかった色鮮やかな小鳥たちが最近、伯父・薄田家の屋敷内を彩るようになっていた。辻か奥方かが、飼育に凝りだすようになったものかと思っていたが、そういうことだったとは。  鵯(ひよ)や眼白、山(やま) 雀( がら)など辻も大層可愛がっている様子ではあった。  しかし、だからといって、それとこれとは別の話である。大体、辻本人の気持ちはどうなのか。 「お前の気持ちはどうなのじゃ? 別に断れない話でもあるまい」 「私は……この話、お受けしても良いと思っています」 「何と! 伯父上か伯母上に無理強いされているのではないのか? 兄には、本当のところを言って良いのだぞ」  だが、辻は朗らかに笑いながら答えた。 「そのようなことは、ございませぬよ。私自身の考えでございます」 「本当か? 堀田殿は、信長公の時代から太閤殿下にお仕えしているとかいう話ではないか。それを自分の孫ほどの娘に……。怪しからん奴じゃ」 「そのような言い方、お止め下さいませ。堀田様は、とてもお優しい方ですよ!」  とうとう怒られてしまった。辻はぷいっと席を立ってしまい、重太郎は、一人その場に取り残された。 重太郎としても複雑な心境である。めでたい話ではあるのだし、本人が乗り気なら……とも思わぬでもないが、齢五十に届こうかという堀田の年齢は、最早老境に差しかかっているといってもよい歳である。嫁いだ途端に後家になってしまうのでは、遣り切れない。
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