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明くる日、重太郎は堀田家にあらかじめ使者を遣って訪った。
堀田一継は太閤の鷹匠頭で、五千石の大身である。重太郎も当然、重臣然とした人物が出てくるかと思いきや、役目のためか、旅続きであった重太郎よりも、日に黒々と焼けた腰の低い人物であったから、何か拍子抜けしたような気分になった。
「これは、これは。こちらから挨拶に出向かねばならないところを誠に申し訳ない。岩見殿の剣名は聞き及んでございまするぞ」
重太郎は、市井の辻々ならともかく、豊臣家の重臣にまで自分の名が聞こえているとは思えなかったが、向こうもそれなりに気を遣っているのであろうと思った。
「何でも、我が妹・辻を御気に召していただいているとか……」
「いや、誠に辻殿のご父兄の方々には、ご心配おかけしておるとは思うのですが、面目ござらん。こちらもこんな齢になるまで、不調法にて、独り身であった次第で……」
「別に、謝ることではございませぬよ。しかし何故辻を?」
「拙者、役目がら鷹野は勿論、ご禁制の狩場を使った屋外での催しに合力することが多いのですが、そこでの辻殿の様子がまた……てきぱきと……非常に目立ちましてな。また野山や鳥などにも詳しくあられて、感服した次第……」
堀田一継は暑くもないのに、汗を拭き拭き懸命に話している。日に焼けて、いかにも精力的なその風貌は、全くの年齢不詳の人物に見える。実際より二十程若く告げられても、上に告げられても、納得してしまうような感じだ。
若年より太閤に付き従って、今まで生き残っている連中の多くは、大名になっている者も多いので、出世し損ねた人物ともいえるし、また死にもせず、目立った瑕疵もなく、今まで勤めあげていること自体が凄いともいえるだろう。いずれにしろ、今まで生きてきた時間のほとんどを浪々の身で過ごしてきた重太郎とは、明らかに異質な人物であることは確かだった。
今の世に幅を利かせている下手な武辺自慢や、権謀を弄ぶ連中より、こういう男の方が良いのかもしれぬ……と重太郎は思い始めた。
やがて、たどたどしくも懸命に辻への思いを言い募る一継を制し、
「我が妹・辻も堀田殿のことを気に入っている様子であります故……もう反対は致しませぬ。堀田殿、私は仇持ちでありますので、また旅にも出、ひょっとしたら命を落とすことも、ないではないかもしれませぬ。この婚儀がまとまったならば、辻のことを大事にしてやってくださりませ」
一礼し、恐縮する一継を残し席を立った。
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