天橋立に、血の雨降り注ぐ秋

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 重太郎はふーっと息をつくと、改めて鬱々とした気分を振り切って、小石や雑草の散らばる上り坂を、足を取られずに登り切ることに気持ちを集中させた。      ようよう加悦谷を抜け、山深い土地から人馬で賑わう宮津城下の外れまで辿り着くと、日もとっぷりと暮れており、重太郎はよたつく足で旅籠に転がり込んで、倒れ込むように床に就いた。 ―どうやら暑熱にやられたようじゃ……。  自分の体力と旅への慣れに過信があったかもしれない。重太郎は熱を発し、眩暈に苦しみ、この日から五日程を寝込んで過ごすことになった。  旅籠の女中だけでなく、四日目からは旅籠の主人・美濃屋才助も心配して姿を見せるようになっていた。もっとも半分は、支払いを心配してのことでもあるのだが……。  丁度、路銀が尽きかけているときでもあったので、重太郎は美濃屋を通じて、大坂の薄田家に金の無心を行い、主人を安心させてやった。  美濃屋もそこは商売人である。上客であることが分かると、重太郎の身体の心配だけでなく、兵法修行の旅の途中であると身の上を伝えた重太郎のために、遠近の剣客たちの噂話などを仕入れて、重太郎の居る客間で話し込んでいくようになった。 大抵は剣術使いの何某が、誰それと立ち合って、いずれが勝った負けたなどという噂話が主だったが、中には重太郎の興味を引くものも幾つかあった。  そのうちの一つが、京の吉岡兵法所に関するものである。  吉岡兄弟が宮本武蔵なる兵法者と立ち合い、吉岡兄弟が敗れた、あるいは宮本武蔵が手傷を負って逃げ去った、というものであった。勝敗の結果は、噂話の仕入れ先によって、まちまちでよく判らなかったが、抗争めいたものがあったことだけは確かなようだ。  重太郎も、父から受け継いだ流儀である京流への思い入れは強い。心中、吉岡兄弟の身は案じたが、まさか不覚は取るまいとの思いもある。
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