天橋立に、血の雨降り注ぐ秋

6/27
74人が本棚に入れています
本棚に追加
/169ページ
 丁度、重太郎が訪おうとするのと、若侍たちがぞろぞろと門から出ていこうとするのと、ほぼ同時であった。 「失礼致す。こちらの道場の門下生の方々でございましょうか?」 「はい、いかにも。何用かな?」 「拙者もいささか京流を学ぶ者にて、こちらの道場で、同流を指南していると聞き及び、稽古など拝見したいと考え、お訪ねしたのでござるが……」 「そうでござったか。ただ、稽古は今しがた終わったところ故、後日に出直してきてもらった方が……。いや、師範代方がまだ裏庭にて寛いでおられるようだし、挨拶していかれるがよろしかろう」 「それはかたじけない。お引き止めして申し訳なかった」 「では、我々はこれにて」  答えた若侍は気さくに応対してくれたが、その者をはじめ、後ろに居並んだ道場生たちも、耳が裂け出血したのであろうか、痛々しく側頭部に血の滲んだ包帯を巻いている者や、顔や腕に無数の痣がある者など、無傷の者など居ない有様で、余程激しい稽古を積んでいるものと思われた。  重太郎は若侍たちと別れると、敷地の中を裏手に回る。裏庭に辿り着く前に、声高に話し合う声が聞こえてきて、重太郎は何とはなしに歩みを止め、聞き入ってしまった。 「しかし、軍蔵の奴、上手くやりやがったよなぁ。仕官も上手くいかず、追い剥ぎやって食いつないでいたのが、丹後一国の兵法指南役千石取りだぞ! 千石取り!」 ―軍蔵? 今、軍蔵と言わなかったか……。 「ぼやくなよ。俺たちだって仕官に預かったじゃねえか」 「だけどよ、俺たちはあいつの助教だってよ、助教。三百五十石だぜ。随分と差をつけられたもんじゃねえか」 「まあ、小者や中間にされなかっただけでも、ましだけどな」 「がはは、違いねえや」  男たちは大声で笑い合っている。  重太郎はそっと建物の角から中庭の様子を窺った。痩躯長身の男と大兵肥満の男の姿が見て取れた。  二人は井戸端で水をかぶりながら、汗を流しているようだ。 ―あの体型……。  かなり特徴のある二人組である。  重太郎は、自らの心の蔵の鼓動が早まっていることに気付いている。全身の毛穴から血が噴き出すのではないかと思われるほどだ。だが、確認を怠ることはできない。これまでも、他人の空似や人違いなどは幾度もあった。確証を得ようと、さらに二人の会話に耳をそばだてた。 「俺たちが城の青侍どもを痛めつけている間、軍蔵の奴は藩主様に軍学の講義だってよ! 笑っちまうよな」 「おめぇ、軍蔵軍蔵って、今は沢口新左衛門様なんだぜぇ」 「がはは、似合ってねぇよぅ」  二人は笑い転げているようだ。重太郎は辺りを見回したあと、もう一度中庭を覗き込んだ。長身痩躯の男の背中に、右斜め上からざっくりと走行する傷跡が見える。
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!