天橋立に、血の雨降り注ぐ秋

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 もう、間違いないだろう。  兄・重蔵は息を引き取る前に、襲撃の様子をつぶさに語った。父・重左衛門は鉄砲で襲ってきた曲者の背に一太刀浴びせたようだったと。  奴こそ鳴尾権三、肥満漢は大川八左衛門なのだ。  ―ここで、連中を討ち取ってしまうか?  だがその場合、すぐに騒ぎが大きくなり、肝心の広瀬軍蔵に逃亡される恐れがある。ここは事を荒立てず、沢口新左衛門が広瀬軍蔵であることを、自分の耳目で確かめるのが先決だろう。  重太郎は逸る気持ちを抑えつつ、物音を立てないようそっとその場を離れ、来た道を戻った。旅籠に戻る途中の茶店では、先ほど道場から出てきた若侍たちがまだ屯しており、 「おっ、先刻の……。挨拶は済まされましたかな?」  などと声をかけてきたが、重太郎は 「ご親切、かたじけない」  とだけ答え、足早に通り過ぎた。声をかけた若者は「はて?」といった表情を一瞬見せたが、特に気にも留めなかったようだ。  旅籠に戻った重太郎は、考えを巡らせた。小早川隆景から賜った仇討ち免状は、長年月のうちに、それを包む油紙こそぼろぼろになっているが、この間も常に、何よりも大事なものとして荷中にあった。これを持って、この地の町奉行に訴え出れば、この京極家とて無碍にはできないはずである。  だがその前に、連中がこの藩内に巣食っているのは間違いないが、肝心の軍蔵のことを自ら確認しておきたい。  そこで、旅籠の主人・美濃屋才助にこれまでの経緯、旅の目的が単なる兵法修行でなく、仇討ちであることを打ち明けた。  そのうえで、沢口新左衛門が広瀬軍蔵の変名である可能性と、道場の師範代たちもそれぞれ仇の鳴尾と大川であることを告げ、軍蔵を確認する手立てはないものか、相談を持ちかけたのだった。
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