天橋立に、血の雨降り注ぐ秋

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 話を聞いた美濃屋は大層驚いた様子であったが、一方で話好き世話好きの性がうずくのか、遠縁であるという町奉行・仲村惣左衛門に話を通し、藩の学問所で行われる沢口の軍学講義の末席に、重太郎を加えてくれると請け合ってくれた。  その際は、身元が明らかにならぬように、伯父の姓である薄田を名乗ることとした。身分も、豊臣家から暇をもらっての兵法修行の最中であるとして、これで万が一大坂に照会されても、伯父が良いように答えてくれるであろう。 「何から何まで世話になりっぱなしで、すまないのう」  重太郎が頭を下げると、 「何、良いってことですよ。狒々退治の岩見重太郎様」  そう言うと、揉み手をしながらにやりと笑顔を見せた。いつの間にやら、重太郎の噂話もしっかりと仕入れているようである。 後日、催された城下の学問所での講義に、重太郎も末座に加わった。事前に町奉行・仲村惣左衛門に挨拶に赴いている。美濃屋から話が通っていたので、仲村との面会は形式的なものだった。 「その方、兵法修行中の身であるとか?」 「はっ、こちらの兵法、軍学教授・沢口様の御高名を聞き及び、是非にもご講義を拝聴致したき次第」 「勉強熱心で感心なことじゃ。本来、軍機にかかわること故、我が藩の者以外の列席は許されないのだが、沢口殿に確かめたところ、今回は軍機にかかわることではなく、一般の政向きの話をされるとかで、特別に許可をくださった。邪魔にならぬよう、末座にて控えておるがよかろう」 「はっ、真にありがたく存じます」  重太郎は恭しく礼を言ったが、心中舌打ちした。 ―軍蔵といえば、刀槍の術は我流の切り覚え、学問に至っては忌み嫌っておったはずなのに、よりにもよって、父上の京八流、鞍馬流を詐称するとは一体どういう神経をしておるのか。いや、そもそも軍学の講義などと、奴にできるものなのか? 全くもって奇怪な話じゃ。  やがて刻限がくると、沢口新左衛門こと広瀬軍蔵が、のしのしと巨躯をゆすりながら上座についた。万が一の露見を恐れ、重太郎は顔を俯き気味にし、上目づかいに様子を窺ったが、軍蔵は末座の重太郎などに一瞥もくれることなく傲然としていた。
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