天橋立に、血の雨降り注ぐ秋

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 仰天したのは、横に控えていた家老の安養寺氏種である。主人の小早川嫌いは知っていたが、まさかこれほどとは思っていなかった。 「殿、それは成りませぬ!」 「何じゃ、安養寺。何故じゃ」 「小早川家は今はもう、なきものとなっておりますが、書状は本物、岩見の手続きも武家の慣例に則った正当なものでございます。岩見はそれなりに名の通った剣客であるらしく、ご城下では、耳の早い者どもの間ではこの件、すでに噂になっており、それをあべこべに当家が岩見を討ったとなれば、世間の謗りを受けましょうし、幕府とて何を言い出すか解ったものではありませぬ」  こう言われると、高知も素に戻らざるを得ない。 「では、どうすれば良い。幕府に聞こえるのは困る。さりとて、沢口たちを討たせとうはない」 「では、詮議する、詳細を調べおく、などと申して、この者たちは城内にとどめ置きます。そして、ずるずると日延べだけして、奉行所にて門前払いをし、待たせるだけ待たせて、うやむやにしてしまいましょう。この者らのお役目は城内でも十分果たせます故、こちらが困ることは何もございませぬ」 「うーむ、それで引き下がるかのう?」 「判りませぬが、先ほど申しました通り、こちらが困ることは何もありませぬ故、やってみる価値はありましょう」  こうして城内では、宿老の中途半端な折衷案が用いられることとなった。  重太郎は旅籠にて、藩の許可が下りるのを今か今かと待ち構えているが、三日、五日と経っても一向に音沙汰なしである。  堪りかねて奉行所に出向いたが、奉行の仲村は困り果てた体で、只今詮議中である、今しばらくお待ちあれの一点張りで、埒が明かない。軍蔵たちも、あれからぷっつりと城下には姿を見せていないようだ。 ―城内で事の次第を問い詰められているのであろうか?  だが、本人らが事実を認めて受けて立つならそれまでの話であるし、否認したところで、小早川家本家の毛利家に使者を発たせて問えば、それで済むはずである。隆景時代の小早川家旧臣たちは、ほぼそのまま存命しているはずであった。  しかしながら、使者を発たせた話も聞かず、その様子もなく、七日、十日と過ぎてゆく。さすがに重太郎も焦れてきた。毎日心配顔で様子を見に来る美濃屋に、相談を持ちかけてみた。
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