帰還と暗転

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帰還と暗転

帰還と暗転  天正十八年七月、小田原包囲のため出征していた小早川軍が帰還した。三兄妹も揃って父を出迎え、久しぶりの邂逅を楽しんだ。  兄弟は挨拶もそこそこに、話をせがむ。 「父上、戦は……戦の様子はどのようでござりましたか?」 「敵を討ち取ることはできたのでございしょうか?」  重左衛門が討たれ、死ぬこともあり得るといったことは、考えの外のようだった。 「何、実際我らは留守となった徳川様の城を預かっていただけよ。手柄など何もない」 「それよりお前たち、父が留守の間も稽古に励んでいたろうな?」  重蔵は答える。 「はい。剣も槍も毎日三百から五百程には振り込みましたぞ。そのためか、手に馴染むというか……。剣も槍も、何やら自分の血肉の通った腕のように感じることもございます」 「そう、それよ。別に当流に限らず、古より工夫を凝らされてきた武技というものは、薙刀、槍などの長柄や太刀でも脇差でも、たとえ無手になったとて、同じ動き、同じ体捌きで扱えるのじゃ。槍を持てば手の延長、無手になれば腕を槍や刀の如く扱うのじゃ。解ったな?」 「はい!」  重蔵、重太郎兄弟も勿体つけず諄々と理を説く父の教授の賜物か、何がしかを掴みつつあるようだった。  妹・辻も、京で購ったらしい土産の櫛をもらい、ご満悦の様子で父に纏わりついている。
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