ひとくい。

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ひとくい。

 ○○県の山奥に、人喰い村があるらしい。  そんなどこにでも転がってそうな話をアテにして、俺とAとB、Cの三人は今トンネルの前に立っていた。  大学の夏休みというヤツは長い。本当に、ハンパなく長い。詳細は学校ごとに異なるのだろうが、俺達の大学は実質八月頭から九月末までまるまる夏休みだ。多少課題も出ているといえば出ているが、俺達はまだ二年生である。卒業制作や卒業論文に追われるということもない。ここまで長期だと思いついていた“やりたいこと”もだいぶやり尽くした感があり、かなり暇になっていたのも事実だった。  その結果。Aがネットで見かけたというホラースポットを巡る、しょうもない旅が始まったのである。旅といっても日帰りだ。Aの車を使って、チャラい男四人で車で日帰りできる範囲のホラースポット片っ端から巡るのである。今日はその、冒険三日目といったところだ。初日、二日目と行った場所が特に何事もなく、正直さほど面白みもなかったため、俺も含めみんな今回もさほど期待はしていなかったように思う。人喰い村、なんてネーミングが使い古されていて安易というのものある。 「このボロっちいトンネルの奥なんだってさ」  出口に車を停めて、Aが告げた。 「このトンネル、長さは大したことないんだけど。奥の方がふさがってて、車じゃ通れないってことらしい。てなわけで、此処からは歩いて行くべ」 「トンネルの奥に禁じられた村がありマス!とかものすごくありきたりだなあおい。誰かお札とか持ってきたヤツいる?あとは塩とファブリーズ」 「バーカ、ファブリーズで除霊できるっての迷信だって。マジでそんなの信じてんのかよ。掲示板でも相当前の話だっつのに」 「いやいやいや、マジで効いたら面白そうじゃん?ぶっかけてみる価値くらいあんべ?」  ぎゃははは、相変わらずのノリで話しまくる俺達。  目の前のトンネルは真っ暗で、どこかで曲がっているからなのか覗き込んでも出口の光は見えない。俺達はとりあえずトンネルの前で四人並んで写真を撮った。カメラ係のCが脚立を忘れてきたので、何やってんだアホ、と残り三人でどついたのをよく覚えている。  俺達は満足すると、そのままトンネルの中にGOした。どこかで雨漏りがするのか、それともどこかから水が流れ込んできているのか、トンネルの中はだいぶ地面が濡れていた。手入れされていない暗闇はかなり水臭くて、誰かここでトイレしたんじゃねー?なんてちゃかしながら俺達は懐中電灯を片手に進んでいく。  行きのトンネルについて、特筆するようなことは何もなかった。予想通り、ゆっくりと左にカーブしていて、だから出口が見えなかったんだなあと思ったくらいである。  少し歩くとすぐ、Aが言っていたことを理解した。奥には金網が張ってあって、車では絶対に通れないようになっていたのである。金網の左端は破れていて、一人ずつならそこから向こう側に抜けられそうだった。俺達は特に躊躇いもなくそこを潜って抜けていくことにする。――もし俺達の中に、少しでも霊感と呼べるものを持っているヤツがいたなら結末は変わっていたのだろうか。生憎、俺達は四人とも悲しいくらい“零感”だった。幽霊なんて、人生で一度も見たことないし聞いたこともありませんという集団である。
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