第一楽章 開店への序章

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午前九時二十四分。 お揃いのエプロンを身に付けたスタッフが、タイムカードを押すための列を作っている。 先頭の人がじっと見つめる時計の表示が二十五分になった瞬間に 「二十五分でーす。出勤します!」 と大声を上げてタイムカードを平たい機械の上に滑らせる。 ピコーンという軽快な音を聞いてキーボードの「出勤」ボタンを押すと、すぐにその場を次の人にゆずる。次々と同じ作業が繰り返されて、二十六分までの間に全員が出勤できたようだ。 九時二十五分から二十六分の間に全員が出勤ボタンを押さないといけないので、のんびりしていると後ろの人からこずかれる。 ちなみに一番先に余裕の出勤ができるのは、今日最初に来た鍵当番の人に決まっている。 いや、決まってはいないけど暗黙の了解というやつだ。 スタッフには色々な当番が割り振られていて、中でも一番人気がないのが鍵当番である。 皆より十分ほど早く来て、鍵を開け、電灯を点け、パソコンを立ち上げるなどの仕事を出勤前にこなさなければならない。 中でもやっかいなのが鍵を開ける時のセコムの解除だ。 暗い中で鍵の操作をしなくてはならず、ぐずぐずしているとサイレンが発砲してセコムに不正開錠の連絡が行ってしまう。 そうなったらすぐに電話をして「間違いです。申し訳ありません」と断らないと、あっという間にセコムが駆けつけてくる。 それが彼らの仕事だから仕方がないのだが、数万円の罰金を取られるらしく、店長からこっぴどく怒られてしまうのだ。 そして前の日から鍵を持ち帰ると言う緊張感も含め、絶対に遅刻できない恐怖からも精神的な負担が大きく、「前の夜はお酒を飲まない」と宣言するスタッフもいるほど、出来ることなら回避したい当番なのである。 なので、鍵当番が列の先頭になるのは「どうぞどうぞ」と他の全員が差し出すほどの当然の権利なのだ。
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