プロローグ

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プロローグ

 目に入ってくる色の数は東京にいた頃より少ない。一色で片付けられた景色は緑色の雨が降ったようだ。東京に住んでいた奏太は中学校に進学しようとしていた。楽しみにしていた友達と同じ制服、同じ生活。だが、現実は無情なもので遠い親戚が亡くなったのがきっかけで簡単に崩れてしまった。今、奏太の目の前には古民家がある。そして後ろを振り向けば全てを飲み込んでしまいそうな青空と緑色の山に囲まれた集落や村などと言ったような言葉が似合う古民家の集まりが見える。引っ越しの話は何も言えないほどに急だった。遠い親戚が亡くなり、その親戚が有していた別荘を売ってしまうのももったいないので身内会議を開いたときに、父が自ら引っ越すと言い出したらしい。夏休みが始まってすぐだったので手続きに不備や遅れがあっても仕方ないと奏太は納得していた。 「ごめんな、奏太。一学期始まってすぐに引っ越したのに制服がまだ届かなくて。」 「…いいよ、教科書は変わらないみたいだし、夏休みの間に自分で予習できると思うから。」 いつも申し訳なさそうに笑ったり、おどけて見せたりする顔が、いつも以上に申し訳なく見えて問い詰め寄る気も起きない。ふすまを開けて出ていこうとした父がいかにも思い出したかのように言う。 「そうだ、奏太。気分転換に外を歩いてきたらどうだ?ここは景色もいいし空気もきれいだから飽きないと思うけど。」 嘘だ。と、奏太は思った。逆に山や緑ばっかりですぐ見飽きてしまう。最初から、外に出てくれと言ってくれた方がましだ。この人はわかっている。僕がこう言われて断れないことを。開けたふすまの隙間から少し不機嫌な母の顔が見えた。椅子に座って、向かいの席に座る父を待っている。空気に耐えかねた奏太は言う。 「わかった。行ってくる。」 「携帯、忘れないでな。」 わかってると呟いて外に出る。以前は無かった庭を抜けて目の前は、人通りのない坂道だ。どちらに行こうか迷っていると後ろから母の声が聞こえた。 「奏太行ってらっしゃい。遅くならないようにね。」 早めに帰ってこいとは言わないのか。大人のこういうところが嫌いだ。わざと聞こえないふりをして左に曲がり、坂を登って行った。代り映えしない、緑色のままの景色。ところどころに白や青紫の花があるが視線を上に少しずらすだけで緑とかすかに枝の隙間から見える青色しかない。
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