3人が本棚に入れています
本棚に追加
第三章
その後にも、何か書いてあったようだが消されて読めなくなっていた。手紙の通り、封筒には店の鍵が入っていた。奏太はそれを見つけるなり、家を飛び出し鍵を持って店に走っていった。奏太はどこにいくのと怒鳴る母の声も聞こえないほど取り乱していた。二人で最後まで作るつもりでいたあの服を、奏太は最後は自分でやらなければいけない。そう思うだけで涙が止まらなかった。店まで一気に坂を駆け上がって行く。なんでこんな時に言うんだよ。もっと早く言ってくれよ。そう思っても仕方ないことが分かっていても奏太ははち切れんばかりのもやもやとした違和感をそう思うことでしか誤魔化せなかった。店について、乱暴に戸を開ける。店の奥へと進んで自分たちが仕上げている服を引っ張り出そうとしたが、手にうまく力が入らずその場にうずくまって泣き出してしまった。ああああとひたすらに声にならない声を上げても違和感は増すだけで、奏太の後を追ってきた両親は泣き叫ぶ奏太を戸惑いながら抱き上げて家まで連れ帰った。
なぜ自分が泣いているのかを考えられないままのやっと泣き止んで放心状態になった奏太を待つのは、夕飯の並べられたテーブルと複雑な顔をしてなにやら問いただしたいらしい両親だった。とぼとぼと席について夕飯を食べ出す奏太に両親は言った。
「奏太。なにがあったんだ?」
「つらいことなら、話した方が楽になるわよ。奏太?」
やめろよ…そう小さくつぶやいたが両親にいは聞こえていないようだった。
「それに、さっきいたあの場所はなんなんだ?奏太が鍵で開けたのか?」
問いただすように鋭い声が重くのしかかる。
「…やめろよ!」
奏太は突然大声をあげて、立ち上がった。両親はいつもは怒鳴ることなどしない、ましてや泣くこともない息子の反応にどうすればいいのか分からない様子だった。
「ちょっと、心配してるだけよ。怒らないで。」
「…うるさい。いつもいつも、子供だからって何でも知ろうとするんだ。プライバシーの侵害だとか、もうそんなものどうでもいいよ。」
今度は、冷たく重い口調だった。その言葉に両親は耳をとらえられて口を出すことが出来なかった。
「頼むから、頼むからもうこれ以上僕の居場所を奪わないでくれよ!何でいつも居場所を取られなきゃいけないんだ!なんでいつも知られなきゃいけないんだ!引っ越しだって急だった!向こうの友達と同じ学校にいたかった!引っ越してしばらくは家の中も空気が重いし!僕の服だってそうだ!僕にだって知られたくなかったり、聞かれたくないことだってあるんだよ!」
そう叫んだ奏太は最後に小さくつぶやいた。もうこれ以上、取らないでくれよ。その言葉で両親も自分達の行動を振り返っている様子でうつむいていた。さすがに言い過ぎたと思った奏太が謝ろうとしたとき、父が口を開いた。
「すまなかった奏太。負担をかけてしまって。だが、勝手に知らない店に飛び込むのはどうなんだ。」
珍しく怖い顔と口調の父がいた。確かに、知らないうちに息子が誰のものかもわからない店の鍵を持っていたら確かに聞くのは当たり前だろう。奏太は答えないわけにもいかず、今までのことを全て話した。偶然店を見つけたこと、和服を作っていること。そして、店主がしばらく帰ってこれないと言うことも。話している間に両親の表情は二転三転していたが、店主のことを聞くと奏太が泣き出してしまうのでゆっくり話を進めてやっと大体の理解が出来たようだった。
「…そんなことがあったのね。それで、あの店は今は奏太の店みたいになってるわけ?」
「すごいじゃないか奏太。店を任されるなんてな。」
まだぎこちない両親だったが、一番驚いたのは奏太だった。てっきり叱られるのだとばかり思っていたが、褒められるなんて考えもしなかった。そのとき、自分がどれだけ両親という大人に対して酷いイメージを持っていたのか知らされた。自分の価値観だけで簡単に人のことを決めつけてしまっていた。奏太はそれに気がついて自分が憎くなった。
いつもいつも、自分だけの思想だったのかもしれない。
「奏太。こっちを見なさい。」
その声にはっとして、顔を見る。母の声は、優しく奏太を許すように響く。
「ちゃんと、勉強さえできればそのお店に行くなり何をしてくれてもかまわないわ。話してくれてありがとう奏太。」
「服が作れるなら、父さんにも作ってくれよ。」
その両親の言葉に奏太はうんと大きくうなずく。僕が店を守る。そう奏太は心の中で気を引き締めた。
それから夏休みが終わり、二学期になった。新学期に転校生として壇上に立った奏太も今は友達が出来て、楽しい学校生活を送っている。今日も店では綺麗な服を作る熱心な少年が座っている。店の表には真新しい看板が建ててある。
「よし!」
そう言って少年が広げた服はとても美しいものだった。もうすぐ、秋も終わりに近づく。そして少年は店を守るように和服を作り続ける。本当の持ち主が戻る日まで__
最初のコメントを投稿しよう!