君の絶望と交換

10/10
前へ
/10ページ
次へ
秋の空気が漂うなか、一人きりの部屋で、ビールの色を見ていたら、泣けてきた。 千秋がいなくなって一週間。 話し相手がいなくなり、沈黙がふるえるくらいに押し寄せた。 誰かの言葉が聞きたくて、しきりにツイッターのタイムラインを更新し続ける。 いろんな情報が手の内に収まっていた。 入籍報告。豪華なディナー。南の島への旅行。 友達はみんな、特別なだれかと一緒に重厚な時間を踏み歩いていた。 さびしくて、さびしくて、私は以前登録した出会い系アプリを開いてしまった。 千秋のあとにつづいていたメッセージを開いていく。 いまから会いませんか。 援助しますよ。 どういう友達を募集していますか。 くだらなくて、頭が痛くなる。 欲求に負けるようにして、登録しっぱなしであろう千秋のページまで飛んで行った。そこで初めて、千秋のツイッターを見た。 アプリのプロフィールにリンクが貼られていたものを、いまでも使っている様子だった。 好きとか、嫌いとか、忙しいとか、疲れたとか、楽しいとか、はっきりとした言葉が並ぶ。 私は嫉妬した。羨ましくて、仕方がなかった。 ふと、ある一文に引っかかって、指を止める。更新は、一週間前の午前二時。 『気持ちは言葉にしないと伝わらないけど、言葉で伝えるのも、伝えてもらうのも、とにかく難しい。』 千秋の涙が見えた気がして、身体が震えて、おもわず、画面を閉じた。 スマホをひっくりかえして机に置くと、鼻からおおきく息を吸って、天井を仰ぐ。 千秋のかなしい顔。いらだった顔。私がさせた顔。私の罪。 ああ、千秋がいつ帰ってきてもいいように、ビールを余計に買ってしまう自分に、腹がたつ。 わかってる。千秋が私のことを好いていたのは、お金が理由なんかじゃない。 ただ、私は、お金で引き止めていないと、不安だった。 私という人間の価値を探すよりも、千秋をお金でこの腕に抱きあげている方が、楽だった。私は怠け者だったのだ。 そこまでわかっていながら、情けない私は、自分を許してもらってからでないと、あなたの人生を汚す気がして、これ以上、手が進まない。 「言葉にするのって、難しいよ。千秋」 カーテンが揺れて、花のあまいにおいの風が吹く。 ツイッターに並ぶ文字のひとつでもいいから、私に何か言って欲しい。 また好きだって言って欲しいのに。 スマホを握ったまま、失った時間を胸にめぐらせた。 千秋がいた時間は、小さなオレンジ色の花のように、散っていく。 金曜日は、死んでしまった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加