君の絶望と交換

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「じゃあ、千秋はどうしてあんなアプリを使って、女の人を探していたの」 「それは……お酒を飲む友達を募集してるって、書いてたでしょ? 僕も好きだし、正直、年上の女性に興味があって……。いろんな人の話聞くの好きだしさ。それでたまたま、ミカさんが僕と会ってくれるっていうから。ミカさんこそ、どうしてなの?」 「……私はただ、普通の恋愛がしたくて」 「僕は普通じゃないの?」 黒く染まった髪の千秋の、男のひとのにおいが、目の前を占拠する。 「千秋は……。」 私は言葉が出てこなくなってしまった。死んだ空気が、狭い部屋に充満する。 しばらくの沈黙。 メーターが振り切れてしまったかのように、髪をかきまわし始めたのは、千秋のほうだった。 「正直、僕はミカさんに好かれていたとは思わない。だって、僕のことが好きだなんて一度も聞いたことがないし。一緒にいるのに、いつも、心が通じ合ってない。こんなさみしい思いは、もうしたくないよ」 千秋はそう言って、目の色を変えた。 私のことを俯瞰で見つめ始めたのがわかった。 「もう、わかったよ。僕、ここにいちゃいけない人間なんだ」 千秋が私から離れようとしているのがわかった。 そのとき、私はやっと、ぞっとした。 「いやだ、こんなふうにいなくなるのは」 「ようやく口にしたのは、それ?」 千秋は、手のひらを差し出してきた。その中にあったのは、部屋の合鍵だった。 「そんなの、受け取れない。いやだ、絶望だよ」 「じゃあ、その絶望と交換だね」 千秋は静かに、私が受け取らない鍵を机に置いた。 ちゃりん、という金属の音に、いろんなことが頭によぎった。 千秋のために買った服。千秋のために買ったお酒。千秋のために買った薄手の掛布団。 「いままでのお金、返してよ」 私の言葉に、千秋はまっさおな瞳でこう返した。 「その言葉が、ミカさんのすべてを物語っているよ」 千秋の捨て台詞に、頭が燃えた。無意識に歯を食いしばり、こぶしを握りしめていた。 ああ、なんで素直に言えないんだろう。 千秋が出ていった玄関で、彼の持ち物が黒いリュックひとつに収まったことを、むなしく思った。
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