カリスマ編集

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カリスマ編集

                    私は出版社勤務で、新人発掘を得意とし、カリスマ編集者と呼ばれている。新設された、一般公募の文学賞の選考を一任された。  こんな仕事は簡単だ。他の者には隠しているが、工学部出身の私はイチイチ応募作品など読まない。自作のパソコンソフトを使う。“編集ロイド”のデーターベースが驚異的なのだ。過去から現代までの文学作品100万作を網羅している。  編集ロイドに、作品の完成度、読みやすさ、どの年齢層向けか、など100項目を判断させている。    文学賞の公募に集まったのは、1000作品以上だった。原稿用紙に書かれた作品、ネットで投稿された作品、どれも良作だ。  公募作品は社屋内の一室に集められる。面倒なのは、編集ロイドは、A4サイズの紙に印刷した原稿しか読めない。  高校生の頃、小説家志望だった。当時は紙の原稿用紙で小説を書いていたのだ。  編集ロイドのプログラムは、むやみに弄れない。プログラムが複雑すぎて、バグが発生したら、直せる自信がないからだ。    全ての公募作品を紙に印刷した。パソコンを起動させ『編集ロイド』に読ませ始めた。  読ませるのは簡単だ。  コピー機のようなスキャナーに読ませるだけだ。複合プリンターを改造して私が自作したモノだ。  プリンターに用紙を差し込む要領で、100作品づつ差し込む。  100作品となれば、紙にすればかなり分厚い。両腕で力を振り絞り、原稿用紙の束を抱える。自作スキャナーに差し込んだ。  ごくまれに、紙詰まりを起こすのが面倒だ。パソコンに再起動がかかったら、もっと厄介だ。  やることもないので、近くのソファーに寝そべっている。パソコンの内蔵スピーカーから、「チン」と電子レンジのような音がする。100作品の小説作品を『編集ロイド』が読み終わった合図だ。  同じ要領を10回繰り返す。1000作品全てを編集ロイドは読み終えた。    あくびをかきながら、椅子に座りパソコンのモニターをのぞき込む。  金の卵が一人だけいる!  夏目漱石率が約25パーセント、シェークスピア率、約25パーセント、松尾芭蕉率、約25パーセント、小林一茶率、約25パーセントだ。  ベストセラーになるであろう率……100パーセントの作品が一つある!  今まで編集ロイドが、ベストセラー率、100パーセントの判断を下したことがないのだ。  大賞受賞作品と決定した作品を山積みになった原稿から探す。これも面倒なのだ。  見つからない。幸いインターネット投稿だったので、原稿を探す手間は省けた。  編集部の部屋に戻り、部下に作品名と作者名を告げた。 「後は頼みます」  部下は自分の席に戻り、パソコンを操作していた。まぶたを限界まで開いて、モニターに映る作品に目を通している。 「これは……!」 「大賞作品だよ。大々的に宣伝を打って、速やかに出版だ」 「――宜しかったのですか」  怪げんそうな後輩の態度は、私の編集ロイドを侮辱にされたような気分だ。胸を張ってやった。 「私が自信を持って言おう。100パーセントベストセラーになる。100万部以上売れる」 「分かりました」 「中学や高校で部活動をやっていないのか? 先輩に対する答えは、疑問があっても、『はい』『分かりました』だよ」  君、飛ばすよ、 金の卵だぞ、出かけた言葉を呑み込んだ。これ以上言ったら、後輩イビりになる。 「はい、分かりました」  後輩の表情は曇っている。先輩、キツいこと言いますね、と目が語っているようだ。  私の指示どおり、後輩はテキパキと動いてくれた。  授賞式やら、多くのことがあった。編集者は激務だ。他の作家さんの編集作業などに追われ、あっという間に単行本の発売日となった。  仕事帰りに本屋さんに立ち寄り、平積みに置かれた本を手に取る。 〝我輩は猫である(引用元、夏目漱石『我輩は猫である』)蛙飛び込む水の音(引用元、松尾芭蕉『奥の細道』)痩せ蛙負けるな(引用元、小林一茶)生か死かそれが問題なのだ(引用元、シェークスピア『ハムレット』)” 背筋が凍った。単に著作権が切れた作品を四分の一づつ、つぎはぎしただけだ。目も当てられない内容だ。  そもそも、引用元が多い場合は、米印にする。ページの一番下に引用元を表記したら、どうだろうか? 読者さまは読みやすいだろう。  後輩を焦らせた私のミスだ。  いや、そんなことを言ってる場合じゃない。  すぐに、スマートフォンで後輩に電話した。出版する予定だった大賞受賞作家は、次作品を出版予定だそうだ。無期限延期を私が決定した。  宣伝の効果が大きかったらしい。『過去の名作つぎはぎ本』『冒頭は、猫と蛙の戦い』『古い名作を親しみやすく紹介した』など、褒められベストセラーになった。  出版社の利益は上がった。私のボーナスの金額も上がった。100万円以上はいただけた。  お金は大事だ。だが、お金では、どうしようもないこともある。  競合する出版社さま、も同じような企画の本を出版してしまった。一冊目で手を引いた我が社と異なり、かなり売れ残ってしまったらしい。  他社さまには、申し訳ない。  ブームが過ぎ去る機敏な感覚もあると、会社内における私の評価は上がった。  これからは、『編集ロイド』任せにせず、作品を自分でもしっかり読もう。(完)
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