4.5:長屋Side

1/1
545人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

4.5:長屋Side

 目覚めると目の前に堤くんの顔があった。  腕枕で一晩眠っていたらしい。狼狽えたのは一瞬で、俺は幸せを噛み締めた。  ゲイの自覚はあったものの、自分が「どっち」なのかよく分かっていなかった。  だが雄の顔をした堤くんを見た瞬間自覚した。  俺は「堤くんに抱かれたい」んだと。  それにしてもスゴかった……、と昨晩を思い出し赤面する。  すうすうと穏やかな寝息を立てながら眠る堤くんからは、昨晩感じた雄臭さの鱗すら見えない。どちらかというと中性的で、綺麗な顔立ちだ。その堤くんが……と思うと、出し尽くしたはずの下半身が疼く。 「桔平さんエッチな顔してる」  いつ起きたのか、堤くんがニヤニヤと俺を見ていた。おはようと甘く囁き、俺のボサボサの癖毛を愛おしげに撫でる。  一年前は、こんな関係になれるなんて思ってもみなかった。  黙っているのも卑怯な気がして「俺、ストーカーなんだ」と告白した。 「え!?」  堤くんのぎょっとした顔に心が痛む。  そりゃそうだ。  堤くんと初めて会ったのは、去年の夏。  その数日後、堤くんの「ばあちゃん」を、仕事で出向いた先の病院で、俺は偶然(・・)助けたことがある。  八月の炎天下の中庭。  いくつも棟のある大きな総合病院だった。病棟間を繋ぐ渡り廊下もあるが、緑豊かな中庭は、散歩用の遊歩道やベンチが設置されている。普段ならば入院患者や見舞い客が思い思いに過ごしているはずだ。しかし猛暑の続くこの炎天下の午後に、わざわざ外を散歩する人は少ない。  それでもゼロではないのは循環バスのバス停が、ここを突っ切ると近道だからだろう。  脚立に仕事道具の入った重いカバンを提げ、炎天下の中庭を歩いていた俺は、目の前を歩いていた女性がふらついた瞬間、荷物を放り出して思わず駆け寄った。 『だ、大丈夫ですかっ?』 『ええ、ありがとう……あら、あなたこの間の……』  幸い軽い貧血のようで、木陰のベンチに座らせたところで堤くんが血相変えてやって来た。 『ばあちゃん! 大丈夫か!? もう、売店の前で待ってろって言ったのに……!』  俺がペコ、と頭を下げると堤くんはあっという顔をした。 『たしか長屋さん、でしたよね? ありがとうございます!』  数日前の白シャツにベストではなく、普通の大学生らしく簡素なTシャツにハーフパンツ姿の堤くんは、本当に普通の若者だ。  そして恐らく自分とばあちゃん用に買ったであろう、手に持っていた二本のペットボトルのうち一本を俺に差し出した。 「これ、お礼にもならないけど……」  困った、あの麦茶もまだ飲んでいないのに。  あの日俺は今度こそ恋に落ちた。  でも、本当はあれは偶然じゃない。  あの日俺は広大な病院で、堤くんの姿を知らず探していた。幸運ではあるが、決して偶然ではないのだ。  ……実は堤くんがバイトしているバーにも何度か行った。会えなかったけど。 「ごめん気持ち悪いよな……」  しかし堤くんは安堵した様子で「何だそういう事か」とブツブツ呟いている。 「気持ち悪いなんてありえない。嬉しいです、そんな前から俺の事気にしてくれていたなんて」  堤くんはうっとりする程甘い笑顔で、俺の鼻先にチュとキスをした。  堤くんは甘い。ゲロ甘だ。  そのくせセックスは獣みたいにちょっと凶暴で激しい。これもギャップ萌ってやつか。  俺はくすぐったくなって、堤くんの腕の中で身動ぎする。 「腕枕もう良いよ、痛くない?」 「全然。桔平さん華奢だから」  む。  身長はそんなに変わらないのに。  悔しいことに、細身だが伸びのある筋肉はしなやかで瑞々しい。初めて聞いた、堤くんの声みたいだ。  思えばあの声を聞いた瞬間から、俺の恋は始まっていたのかもしれない。 「大好きです桔平さん。ストーカーしたくなるくらい」  堤くんは優しい。  裸の足を絡ませると堤くんはクスリと笑って獣じみたキスをした。  終
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!