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1:偶然じゃなく運命
「あれっ……長屋さん?こんばんは」
俺はパチパチと目を瞬く。
作業着の男性がくたびれた様子でコンビニに入ってくる所だった。作業着の男性ーー長屋桔平さんは、同じように目を瞬かせ「えっ、堤くん?」と驚いた様子だ。
俺は立ち読み中の本を戻し長屋さんに近づいた。
「こんな時間までお仕事ですか?」
「うん、ようやく終わって事務所戻るトコ」
と伸び放題の癖毛をくしゃりとかき上げ溜息をつく。
こうやって髪をくしゃくしゃにかき上げるのは彼の癖らしい。こうして1日働いた後は、折角セットした髪もすっかりフワフワの癖毛が元通りだ。
「お疲れ様です。で……珈琲と煙草買いに来たんですね?」
「正解!堤くんは?家、この辺じゃないよね?」
「友達ン家がこの近くなんです。そいつのバイトが終わるまで適当に時間潰してる最中です」
「それはすごい偶然だ。それにしても俺達、よく会うな」
「偶然もここまでくると運命的ですね?」
長屋さんは「何言ってんだ」とちょっぴり頬を染め狼狽えた。
運命って言葉に弱いのは、何も女性だけじゃない。
「そうですか?俺はちょっと感じちゃってますけど、運命」
悪戯っぽく笑ってみせると長屋さんは更に赤くなる。
「前途有望な若者が、俺みたいなおっさんにそんなの感じてくれるなんて光栄だと思わなきゃな」
「長屋さんはおっさんなんかじゃないですよ」
実際、長屋さんはまだ27歳で全然おっさんじゃない。
切れ長の奥二重の目も、少し低めのスッとした鼻もフワフワの癖毛も。全部可愛い。
一言二言言葉を交わした後、俺は立ち読みに戻り長屋さんは珈琲と煙草を買いにレジに向かった。
長屋さんは大手メーカー星期ソリューションのエンジニアだ。去年の夏、俺の依頼したエアコン修理に来てくれたのが長屋さんだった。
以来、何かと縁がありこうして「偶然」会った時言葉を交わす関係にまでなったわけだが――。
俺は今、長屋さんに恋をしている。
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