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伝令兵を屋敷へ使いにやる前に、全員で何人呼ぶのかを決めなければならない。
物事は効率的に済ませたいと思考したエラルは、兵の訓練場へ行く前につい先程訪れたばかりの部屋の扉を再び叩いていた。
「どうぞ、開いております」
「失礼します」
抑揚の薄い淡々とした声に許可を得て扉を開ければ、許可を出した声とは違う妙に甲高い声が上がった。
「……ウェニ・エラル?
なんだねまたキミかね!合同訓練の件でまだ何かあるというのかね?キミにしてはシツコイな!ワタシはこれでも忙しいんだがね!?」
歴代のウェニが使う立派で重厚感のある机に座りながらキンキン響く声でそう捲し立てたのは、この部屋の主。
カムイカラの第1軍を指揮するウェニ、アマカ・ワジエ・エッガダママである。
つるん、とした頭に、たぷん、とした頬。
丸々としか言い様のない体躯はけれど、肉がぶよぶよ着いて醜悪と言うよりは、何故か空気の詰まった風船を思い浮かべるユーモラスさを醸し出している。
アマカの傍らに立ち規則的に扇で風を送っている部下の痩せ細った男との対比もあり、覚悟がない人間が見たらうっかり吹き出しそうな絵面だった。
無論エラルは鉄壁の無表情を保っている。
「お忙しい所申し訳ありません、ウェニ・アマカ」
「大体ワタシは合同訓練の実施自体に懐疑的なのだよ?そのワタシが妥協して第5軍の訓練に協力してやろうと言うのに何度も手を煩わせるなんて、一体何を考えているのかね!まったくなってないっ!」
「先程はお時間を頂き有難う御座いました。
その件に関しましては、既に先程の話し合い通りで手続きを進めています」
「なんだって?だったらさっさとそう言いたまえ!余計な時間を使ってしまったじゃないか!」
「再び伺ったのは職務からは少し外れる用なのですが、」
どうにか弾丸のようなわめき声の合間を縫ったエラルの言葉だったが、無情にもすぐに遮られた。
「なんだね、仕事以外?仕事じゃないならキミと顔を付き合わせる暇なんてワタシにはないとも!」
不本意ながらアマカとの付き合いも2年になるエラルにとっては、こうなることは予想通りである。
と言うか、こうなってくれないと困る。
最後まで告げてもアマカが誘いに乗るとは思えないが、言わないで済むならその方が「万が一」を考える必要もなくなる。
「それは失礼しました。お時間を使わせてしまい、申し訳ありません」
「用がそれだけならさっさと帰りたまえ!何度も言ったが、ワタシは忙しいのだよ!」
「はい、失礼します」
こうなることはわかっていて、それでもあえてこの部屋に来て一応の誘いを仄めかしたのは、単に言わないと言わないで後になってから煩いからである。
エラルとしては、もうここまで来たらウェニ全員に声を掛けて、拾い者の面通しは1度で済ませてしまうつもりだった。
アマカはとても解りやすい男である。
貴族でも金持ちでもないただの旅人に興味を抱くわけがないので「見たい」と言い出す可能性はなかったが、この後誘う最後の1人が来ると言えばアマカ以外のウェニが全員揃う。
アマカに一言もなしにそんな宴を開いた日には、どうせ来なかったとしても暫くこの件についてぐちぐち言い続けるに違いなかった。
予定通り誘いの全文――どころか今夜宴がある、と言う情報すら口にすることなくアマカの執務室を出たエラルは、何事もなかったかのように次の部屋へと足を向けた。
つい一言だけ、呟く。
「あの人は本当に、楽だな」
アマカは武人としても同僚としても特に役に立たない嫌われものだったりはするが、実はエラルはそれほど嫌いではなかったり、する。
まあ、嫌いではない理由は「解りやすいから」と言う身も蓋もない理由だったが。
ほんの少しだけ、マキがアマカを見たら何と言うのか見たかったな、などと思うエラルだった。
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