カムイカラ・ウェニ

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その点を問い詰めても、マキは笑ってのらりくらりと躱すだけ。 あまりにも物を知らないことを除けば、マキ本人は警戒心も湧かないような、至って普通の……ノユクの言葉を借りればバカっぽい男に見える。 そのちぐはぐさ、自身が異常を孕むことを露程も感じさせない「普通さ」が、エラルが言い淀んだ所以かも知れない。 もっとも。 エラルが異常を問い、それをマキに躱されてしまうことが――エラルがマキに躱されたと認識しているにも関わらず、今もそのまま屋敷に住まわせて居る現状自体も、かなり異常であるとも言える。 普段のエラルなら、納得の行く説明がされるまで問い詰めるか、怪しい奴だと見限って屋敷から叩き出すか、どちらにせよ、キッチリどうにかしているはずなのだ。 5人居るカムイカラ・ウェニの中でも一番若い、若すぎるとも言えるウェニ・エラルは、冷酷と名高い将である。 このイメージが蔓延ることとなった原因ははっきりしており、彼がディシーという「栄誉在る宣名(ムーラ・エレヘクレヘ)」を王から承ることとなった、2年前の戦争にある。 まだ2年と言うべきか、もう2年と言うべきか。 砂の国カムイカラと隣国ヤーリアーとの戦争は、酷いものだった。 当時まだ一介のスェニでしかなかったエラルが、死んでもいないのに2階級特進扱いでウェニの位置に立たなければ部隊を繋ぎ止めておけない程、ボロボロと人が死んだ。 特に、ヤーリアーのとある兵によって、指揮官クラスの人間がかなりの数、その命を散らされたのである。 「スェニ以下の弱い奴には興味ない」と言い切ったその戦闘狂いは、ヤーリアーでは「将狩り(リザンアイ)」と称えられた程だ。 そのため、望む望まないに関わらず、カムイカラは大規模な部隊再編を迫られた。 他国にも名の知られたジェニであるユリシカ・ホケロウが無事であったことは救いではあったが、かの「将狩り」には当時のウェニが3名、スェニは11名、ツェニは15名が殺され、フェニに至っては10名が全滅させられている。 フェニ以下の将は基本的に率先して敵を屠る形で兵を鼓舞する役割を担っているとは言え、皆浅慮などとは無縁の、歴戦の猛者たちだった。 まさか敵国の軍勢ではなく、たった一人の兵士に全員が淘汰されるなど、誰が予想出来ただろうか。 ヤーリアーの「将狩り」が、如何に桁外れの力を持っていたかが知れると言うものだ。 また、指揮官を失ったことで統率が取れず、一兵卒の被害も大きかった。 それを何とかまとめ、当時のウェニ1人の命を「将狩り」への贄とすることでカムイカラを勝利に導いたのが、今の若きウェニ、エラル・ヤルサライであった。 実際は運などの予想出来ない要素が強かったり、彼以外の人間が必死に策を講じた結果がたまたまいいタイミングで実ったと言うだけの部分もある。 もちろん、ウェニを見殺しに近い形にした策が、エラルの独断と言うわけでもない。 だが結果的に、「エラルの案が通り巧く行った、そして勝てた」、と、大半の人間がそう認識した。 正確にはカムイカラは「勝った」と言うよりは「負けなかった」と言うのが正しい。 受けた被害はかなりのものであるのに領土が獲れたわけでもなく、弁償金を得られたわけでもない。 ただ、停戦に漕ぎ着けただけである。 だが、領土拡大に熱心なヤーリアー帝国に侵攻を受け、それを退けたと言うのは中々の成果ではある。 国としても一応勝ったのだから目に見える報償は不可欠であったし、切実に人手も足りなかった。 要するに、今のウェニの位は、丁度いいから回って来た、或いは押し付けられた役職となる。 先程姿を見せたウェニ・ノユクも、やはりこの戦争でウェニの側近から昇任している。 とは言え、エラルが当時16歳でスェニだったと言うのも、かなりの出世頭である。 カムイカラの軍事学校は最短12歳で卒業となるため、平時の4年でそこまで実力を認められたことになる。 もともと才能の片鱗はあった、と言うことだろう。 ちなみにこの戦争の話――エラルが「冷酷」と称される理由を聞いたマキの感想は、「うわ戦闘狂(バトルジャンキー)とか、絶対会いたくない」、であった。 エラルはウェニを犠牲にした件も誤魔化すことなく「見殺しにした」と断定で話したのだが、まったく何か感じた風ではなく、態度に変わりもなかった。 むしろ「へー」と流された。 これはエラルにととって、かなり意外な反応だった。 エラルの出世物語はこの国では有名な話だが、知らない人間が居ないわけではない。 そう言う人間が初めてこの話を聞けば、大抵の人間が何らかの反応を見せる。 ウェニを犠牲にしたことについて眉を顰めるか、もしくは何かあれば自分も見捨てられるのだろうかと怯むか、非道な人間を怒らせないよう媚を売るか―― 同じ戦場を体験した人間はまた少し反応が異なるが、さらりと軽く流されたのは初めてであった。 一瞬、話を理解出来なかったのかと疑ったほどである。
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