カムイカラ・ウェニ

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実際はちゃんと理解していたようで、しかもエラルの反応から「どうやら流してはいけないらしい」とまで察して、何度か小さく頷いた後、しみじみとこう言った。 「それにしても、そのエラルが見殺し?にしたウェニの人、凄いね」 「確かにあの方は素晴らしいウェニだったが、今の話ではあの方のことは判らないだろう」 「そう?」 何とも言えない面持ちのエラルの言を聞いて、今度はマキが不思議そうな顔になった。 「だってどうせエラルのことだから、本人にも「見捨てます」とか言ったんでしょ?  それでもその戦闘狂い引き受けたんだから、その死んだウェニ、ちゃんと自分とエラルを信じてたんだろうな、って。  で、エラルもウェニを信じてた。  死地でもそこまで信頼し合えるのって、素直に凄いなーと、思っただけなんだけど」 ――その説明を聞いた時エラルが感じたそれは、言葉に表し辛い感覚だった。 それでもあえて言葉にするならば、それは「畏れ」になるだろうか。 マキをエラルが拾って、街に帰還するまで砂船の上で約半日。 屋敷に連れていき、不本意ながら拾った者としての責任として最低限を世話してやったので、数時間。 彼らが話をしたのは、たったそれだけだ。 ディシーの由来を聞きたがったから話してやったのは、マキが部屋に落ち着いて、一通りの生活常識を叩き込んだ最後だった。 そのたった1日足らずの、僅かな会話で。 目の前のコレは、自分の何を、何処まで把握したと言うのだろうか。 それは、何か。 己の領域外の、「違うモノ」を目の当たりにした時の――得体の知れないモノに対する、畏怖。 その時はよくわからなかったが、時間が経った後。 具体的には2年のうちに慣れた、いつもの仕事を始めた後に思い返して、エラルは自分の感じたものをそう結論付けた。 自分の領域で落ち着いたことで、漸く己の心理が理解できた、とも言う。 この時マキが語った想像は、そんなに突飛なものではない。 エラルを冷酷としか思っていない不特定多数の「誰か」には思い付けないストーリーではあるが、その思い込みを外せば、考え付く人間も居るだろう。 何せ舞台は戦争中である。 幾ら指揮官がどんどん死んでいたとしても、まだその時、そのウェニは生きていたのだ。 上の許可なく作戦決行など、軍では規律上出来はしない。 もちろん戦況によってはやむを得ない形で独断を行わなくてはいけないことはあるが、ウェニを見殺しにするような策は流石に無理だ。 仮に無許可で実行したとしたら、幾らそのおかげで勝ったとしても軍法会議モノである。 それを踏まえて今エラルが高い地位に居ることも考慮すれば、エラルのことを深く知らなくても、エラルがウェニ本人に真正面から告げたのでは、と想像することは、一応出来る。 断定の形だったのも言葉のあや、もしくはマキの自信過剰、と考えれば、流せる範囲だ。 だから、マキの台詞は、そこまで何か――得体の知れない「何か」を感じるような、それほどに奇異なものではない。 そう、そう言う意味で言うのなら、この話題の前に発覚した、「ワッカイルルを知らない」と言う常識はずれの方が、余程奇異で得体が知れない。 なのに。 ――それなのに、その時ではなく、今。 エラルは己の肌が泡立つ感覚を覚えた。 目端の聞くエラルだからこそか、軍人としての第六感か。 根拠は不明でも、決して無視は出来ない類いの確信を伴う、そんな感覚。 束の間二の句の次げなくなったエラルを見て、マキはますます不思議そうな顔をした。 あー、と、意味のない声を挟んで、話を続ける。 「それで、えーと、エラルが「冷酷」って言われてる理由って、それだけ?」 「……主な理由はそれだけのはずだ」 「俺としては、エラルの不器用さの方が気になるエピソードなんだけど、それ」 「初めて話した時から感じていたが、お前のその、感性と言うのか。着目する場所のズレの方が気になる」 エラルの側にまだ少し言い様のない感覚を引き摺りながら、エラルとマキの会話はそれで終わりとなった。 マキを部屋に残し自室に戻る間に、エラルは暫し、マキをべきかを思案した。 話していてあんな感覚を受ける人間を、このまま屋敷に居座らせていいものか。 もっと言うなら、今のうちに、始末しておくべきなのではないか。 だが流石に、助けて此処まで連れてきておいて根拠もない感覚だけで命を奪うと言うのは、エラルの性格的に許せるものではなかった。 それならせめて屋敷からは早々に追い出すか、とも思うが、しかし。 あれを野放しにしておく方が不安だ、と。 ほとんど直感で、エラルはその案も退けた。 この時の選択を未来で彼が後悔するのかどうかは、今はまだ、わからない。 今朝は朝食の席でちらりと顔は合わせたが、「何かあれば家人に聞け」と言い置いただけで、エラルは仕事に出てきてしまった。 自分が居ない間にマキが何をしているか気にならないと言えば嘘になるが、そこまで心配はしていない。 マキは一見何も考えていないようにも見えるが、エラルが見る限り、意外と慎重な人間である。 これも根拠は然程ないが、例えば質問の順番などに性格が表れてくる。 それほど的外れでもないはずだ。 屋敷に招き入れられて翌日に自分から騒ぎを起こすほど馬鹿ではないはず、と言い換えてもいい。
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