カムイカラ・ウェニ

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予定通りさっさとアマカを片付けた後幾ばくも経たずに、エラルは未だ誘っていない最後の1人、ウェニ・ライの執務室に立っていた。 「ああ、ウェニ・ノユクから聞いているよ。砂海で人命救助とは君らしいと思っていた」 「私らしい、ですか。自分ではよくわかりませんが」 「そんなものだよ。私だって、他人から聞いた印象にはよく首を傾げる」 第2軍の司令官であるウェニ・ライは、ウェニ・ホノカと同じく2年前の戦争で生き残った猛者だった。 平素は好好爺然とした穏やかな男で、教師か司書でもやってるのが似合いそうな彼は、その技量の高さと穏やかな性格でカムイカラ軍内でも人気が高い。 但し規律に厳しいことも有名なため、やんちゃな軍属の荒くれ男共も、皆ウェニ・ライの前では借りてきた猫のように大人しくなる。 「昨日で今日とはまた急だが、あのお嬢さんが動いたなら1度で済ませたくもなるか」 あのウェニ・ホノカを「お嬢さん」等と呼ぶのはこの人くらいだろうな、と、聞くたびに思うことをまた脳裏で浮かべつつ、エラルは頷いて見せる。 「あれにウェニ・ライが気にするほどのものがあるか、とも考えたのですが、流れとしてはお誘いするのが筋かと思いまして」 「年寄りは除け者にして若い者だけで宴とは酷い。私としては、何がなくとも気軽に誘って貰えた方が嬉しいんだがね」 「しかし、ウェニ・ライはジェニの代理業務もありお忙しいでしょう。あまりお時間を頂くわけにも」 「なに、忙しいからこそ、夕餉くらいは気の置けない者とゆっくりしたいものさ」 「ウェニ・ライにそう言って頂けるとは、光栄です」 年の差で言えば祖父と孫に近いほどの隔てがある2人だが、生真面目なエラルと厳格なライはなかなか馬があった。 思考傾向が割と似ているため、2人でちょっとした「悪巧み」を企てることもある。 ――今回の、第1軍と第5軍の合同訓練もそれである。 「では、御参加で」 「ああ、お邪魔するよ」 「いえ。ウェニ・ホノカを抑えて頂ける可能性のある方は大歓迎です」 職務中とは言え厳密には仕事の話ではないからか本音を溢したエラルに、ライが呵々と笑った。 「楽しみにしておるよ」 「は」 丁寧に一礼したエラルは、話の終わりを読み取ってそれで踵を返す。 2人のウェニの会話に口を挟むことなく終始黙していたライの補佐官である部下が、静かに立ち上がって扉を開けた。 戸を潜りながらそれに軽く会釈すれば、補佐官は深く腰を折る。 寡黙な男だった。 カムイカラ軍部の人事構成では、基本的にウェニは2人、フェニには1人の補佐官が付くことになっている。 エラルの場合はキリラとエエンがそうだ。 この補佐官と言うのは意外に忙しい仕事だが、それでも1人のウェニに2人の補佐官が居れば、大抵の案件は事足りる。 またもしも手が足りない仕事があっても、その時々で臨時に誰かを引っ張ってくればそれで済む。 しかしウェニ・ライだけは、補佐官が常に4人居る。 4人の中でも役割が決まっているらしくライを訪ねて部屋に居るのは大抵彼――ハクサ・タクペだけで、他の3人は神出鬼没と言われるほど様々な場所を行き来している。 それもこれも、ライが現在、ウェニとしての自分の仕事だけでなく、ジェニ代理として軍の最高指揮官の執務も行っているからである。 現在、とは言ったが、別にこれは今に始まったことではない。 今のジェニ、ユリシカ・ホケロウがジェニの位に着いた最初から、余程のことがない限り、普段戦場以外の執務についてはウェニ・ライが代理で行っている。 そしてウェニ・ライに執務を任せたジェニ・ユリシカが普段何処で何をしているかは、カムイカラの上層部でも、かなり限られた人間しか知らされていない。 理由は暗殺者対策ともユリシカの我が儘とも噂されているが、実際の所両方正しい。 あえて言うなら、国とユリシカ、双方の利害の一致とでも言うのがいいかもしれない。 つまりは、ライだけが貧乏くじを引かされた、と言っても過言ではない。 なまじ、ライに2職位分の仕事をこなせる能力があってしまったことも恐らく良くなかった。 ユリシカとライの間では特に蟠りもなくただ任せた、引き受けた、と言うことになっているが、そうなった経緯を知るエラルを始めとした幾人かは、ユリシカを止められなかった責任を感じ、ライに対して小さくない罪悪感を持っている。 ウェニの執務は多少他のウェニで引き取ることもあるが、各軍にはそれぞれの特色もあるし、指針を勝手に決めていいものでもない。 肩代わり出来る仕事はそうなかった。 そういった理由でただでさえ時間のないライに、職務外の時間を使わせるのだ。 出来るなら、少しでも楽しんで貰いたい。 その後エラルが伝令兵に頼んだ家人への言伝ては、当初の――ノユクだけが来る予定だった時点の内容と比べて、かなり力の入った内容に変わっていた。
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