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カムイカラ・ウェニ
「まーた、妙なモノ拾ってきたみたいだなァ」
そんな台詞と同時に肩に掛けられた腕の重みに、エラルは微かに目を細めた。
先日、彼が砂海で珍妙な「拾い物」をしてから、既に丸一日が経過している。
荒っぽく肩を組んできた相手がその話を耳にするには、十分すぎるほどの時間経過であった。
だから、それはいい。
むしろこの男がまだこの話を知らなかったのなら、職務怠慢も甚だしいと言わざるを得ない。
なのでエラルが不愉快になった理由は、話の内容ではなく、男の台詞の言い回しにあった。
「また、とは何です。私が何度も妙なものを拾っているような言い方は止めて頂きたい」
もともと冷たい無表情がデフォルトであるエラルの表情が更に冷ややかなものになっての一言だったが、男は頓着せずに豪快に笑い声を上げた。
「何言ってんだ、お前。山ほど前科あるだろ」
「……何のことです。記憶にありませんが」
「あん?お前の部隊の人間、ほぼ全員お前の拾いモンじゃねェか」
「彼らは引き抜いて来ただけです。拾ったことはありません」
この生真面目な返答の何が面白かったのか、男の笑い声は更に増し、楽しげにバシバシとエラルの背中を叩く。
中々に痛そうな音だったが、エラルはダメージを感じてはいないようで、ただ呆れたように小さく息を吐いた。
恐らく、この程度のことには慣れているのだろう。
エラルと話す男の口調や態度には、ある程度以上の親しさから来る気安さが滲み出ていた。
「それで、ウェニ・ノユク。ただの雑談をしに来たのですか」
「いんや、お前が拾ったモノについて詳細調査にな」
「そうですか。今のところは、帝国の間者の可能性は薄いかと。ただ、不審な言動は多いですが」
「多いのかよ、不審な言動。間者としての不審じゃないなら、どういう不審だ?」
「端的に言えば、一般常識を知らなすぎます」
実際、エラルと男──ノユク・ニラカルルは、もう長い付き合いだ。
年は幾つか違うが現在は同位の同僚であり、エラルが就学していた時代からの友人でもある。
その割にはエラルの口調は堅いが、これは仕事中の彼の標準である。
「一般常識ぃ?知恵遅れとかじゃないんだろ?」
「受け答えを見る限り、特にその様子は見られません」
「なら、物覚えの悪いバカとか」
「どうでしょうね。今のところ、同じことを二度聞いて来たことはありませんが」
拾われた本人が聞いたら、大いに不満の声を上げそうな言われようだった。
淡々としたエラルの物言いに、ノユクは「何でそんなもの拾ったんだ?」とでも言いたそうな顔をする。
エラルとしては嘘偽りなく、人命救助以外の意味はなかった。
予想外だったのは恩返し云々を断りきれなかったことである。
「どうも、拒絶し辛いというか。砂海のような男です」
「斬っても突いても沈むだけってか」
「ええ。印象もいまいち定まりません」
「乾いた砂に型なし、か?
他で聞いた限りでは、人懐こくて明るく軽快、総じると「バカっぽい」という印象だったけどな」
「私も最初はそう思いました。ですが、あれは……」
台詞の途中で言葉を途切れさせたエラルに、ノユクが目を瞬いた。
実はこれは、エラルにしては非常に珍しいことである。
頭の回転が速く機転にも優れているエラルは、基本的に誰かと話すとき、自分が口にする言葉については全て考察が終わっている。
逆に言えば、自分の中でまとまったものだけを取捨択一して言葉に出している。
もちろん有事の際に反射的に声を荒げることがゼロとは言わないが、平素の会話では特にその傾向が顕著だった。
大抵思ったことをすぐ口に出してしまうノユクなどは、それで普通に会話に応じてよくタイムラグが発生しないものだといつも感心していたのである。
台詞を言い淀むエラル、という珍しい現象にかなり驚いてしまった。
同時に、エラルにこうまで言われる「拾いモノ」に、大いに興味が湧いた。
ウェニの仕事は平時でも、決して暇ではない。
間者の可能性が低いなら調査だけで放って置くつもりだったノユクは、即座にその方針を撤回した。
「エラル、俺にも会わせろよ」
「屋敷に居ると思いますよ」
「紹介しろって」
「構いませんが。では、今日の晩餐で如何でしょう」
「よっしゃ。旨いモン期待してるぜ」
そうと決まればこれ以上話すこともない。
ひらひらと手を振って去って行ったノユクを見送って、エラルは自分に与えられた執務室へと足を向けた。
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